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釜石線

かまいしせん

花巻駅と釜石駅を結ぶ鉄道路線
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岩手県花巻市の花巻駅と釜石市の釜石駅を結ぶJR東日本地方交通線
愛称は銀河ドリームライン釜石線。これは釜石線の前身にあたる岩手軽便鉄道が宮沢賢治銀河鉄道の夜のモデルになったとされていることに因んでいる。宮沢賢治がエスペラント語を作中でよく登場させていたこともあって各駅にはエスペラント語による愛称が付与されている。

路線データ

  • 管轄:東日本旅客鉄道株式会社盛岡支社
  • 軌間:1067mm
  • 駅数:22(起終点除く)
  • 複線区間:なし
  • 電化区間:なし
  • 閉塞方式:特殊自動閉塞式(軌道回路検知式)
  • 保安装置:ATS-Ps

運行形態

各駅停車

原則として花巻から釜石までの通し運転が中心となり、朝と夜に遠野と釜石の間を走る区間列車が設定される。本数はあまり多くなく、全線通し列車は2時間に1本程度。少ないながらも花巻から東北本線に乗入れ、盛岡駅まで直通する列車もある。かつては盛岡から更にIGRいわて銀河鉄道に直通して好摩駅まで乗り入れる列車もあった。
東日本大震災前には山田線への直通運転もあった。

快速はまゆり

盛岡と釜石の間で1日3往復が設定されている。2002年10月までは急行陸中として運転されていた列車で、陸中時代から引き続き回転リクライニングシートを装備するキハ110系が専用で使われているが、自由席についてはセミクロスシート車が使われる。

停車駅

盛岡-矢幅-花巻-新花巻-土沢-宮守-遠野-小佐野-釜石
一部の列車はこれらの停車駅に加えて鱒沢・岩手上郷・松倉にも停車する。

SL銀河

2014年4月運行開始。花巻と釜石の間を2日で1往復するダイヤが組まれている。牽引機はC58形239号機で、客車にはJR北海道で余剰となったキハ141系を使用している。
詳細はSL銀河の項目を参照。

歴史

現在の釜石線は花巻-足ケ瀬-仙人峠間の釜石西線と陸中大橋-釜石間の釜石東線が1950年に開業した足ケ瀬-陸中大橋間が結ばれたことで成立している。

釜石西線

花巻から仙人峠までを結んでいた釜石西線は軌間762mmで建設された軽便鉄道であり、岩手軽便鉄道が1913年から1915年にかけて建設した。

仙人峠と大橋の間は標高が4kmで300m変化する山岳区間であり、この間に仙人峠を超えなければならないことから鉄道での敷設が断念された。その代替手段として郵便や貨物を運ぶための索道を敷設し、旅客には徒歩で行ってもらった。

1927年に鉄道敷設法へ「岩手県花巻ヨリ遠野ヲ経テ釜石ニ至ル鉄道」が追加され、1929年に着工が決定。1936年に岩手軽便鉄道は国へ買収され、釜石線(初代)となった。この時に索道も買収されたため国鉄がロープウェイを運営することになったが、後にも先にも国鉄がロープウェイを運営したのはここだけである。1944年に釜石東線が開通し、初代釜石線は釜石西線へ改名された。

岩手軽便鉄道は軽便鉄道のため、釜石西線は762mmであった。これでは東北本線や将来的な釜石東線と接続した時に支障をきたすため、1067mmへの改軌が順番に実施された。この改軌工事と並行して仙人峠を超える鉄道の建設が進められた。
ルートは足ケ瀬駅からトンネルで一旦気仙川流域へ出る新線を建設し、上有住駅を経由して土倉峠の下をトンネルで抜け、仙人峠の東側斜面を大きく北へ迂回し陸中大橋駅へ至るルートとなった。

改軌工事は1944年に花巻-柏木平間の工事が完成。それまで花巻では国鉄線の駅前にあったが、改軌に合わせて国鉄の駅へ乗り入れるようになり、似内駅までの区間では大規模な線路の付替えも実施されている。
柏木平から先の改軌工事と仙人峠越えの新線建設工事は太平洋戦争の激化に伴い中断された。しかし仙人峠越えの新線は路盤の大部分や土倉峠を抜けるトンネルが完成していた。
戦後の1946年に東北を襲ったアイオン台風で山田線が長期間不通になると山田線の代替ルートとして釜石線が活用されることになり、1948年に工事が再開。翌年には柏木平から遠野間の改軌が完成。1950年には遠野から足ケ瀬までの改軌も完了し、足ケ瀬から陸中大橋までの新線も完成して現在の釜石線が全通した。

ちなみに改軌工事で使われなくなった旧花巻駅は花巻電鉄の花巻駅として使われた。
そして足ケ瀬から仙人峠までの区間は改軌工事が実施されることなくそのまま廃止された。この時ロープウェイも廃止された。

釜石東線

釜石側の釜石東線は1944年に開業したが、釜石東線が出来る前から鉄道が営業していた。

まず1880年8月に政府の工部省によって釜石桟橋-大橋採鉱所18.3kmと、小佐野-小川山間4.9kmなどの支線を含んで26.3kmを結ぶ釜石鉱山専用鉄道が敷設された。これは釜石の製鉄所へ鉱石を運ぶための鉄道であり、日本で3番目の鉄道路線となったが製鉄所の業績不振が影響して3年で廃止され、鉄道設備は現在の南海電鉄の前身である阪堺鉄道へ譲渡された。

その後、1884年に釜石鉱山馬車鉄道が開業。1911年に個人経営の鉱山鉄道に移行した。この鉄道1916年に田中鉱山へ譲渡され、1940年には日鉄鉱業に譲渡された。同鉄道は釜石東線開業後は貨物線として1965年まで残っていた。
現在仙人峠を越える国道を車で釜石へ向けて走っていくと片側2車線片側1車線の区間があるが、これは釜石鉱山馬車鉄道の流れを継ぐ貨物線の名残である。

駅一覧

駅名快速停車エスペラントによる愛称
花巻チェールアルコ(虹)
似内ラ・マールボルド(海岸)
新花巻ステラーロ(星座)
小山田ルーナ・ノクト(月夜)
土沢ブリーラ・リヴェーロ(光る川)
晴山チェリーズ・アルボイ(桜並木)
岩根橋フェルヴォイポント(鉄道橋)
宮守ガラクシーア・カーヨ(銀河のプラットホーム)
柏木平グラーノイ(どんぐり)
鱒沢ラクタ・ヴォーヨ(天の川)
荒谷前アクヴォラード(水車)
岩手二日町ファルミスタ・ドーモ(農家)
綾織テクシーロ(機織り機)
遠野フォルクローロ(民話)
青笹カパーオ(河童)
岩手上郷ツェルヴォダンツォ(鹿踊り)
平倉モンタ・ディーオ(山の神)
足ケ瀬モントパセーヨ(峠)
上有住カヴェルノ(洞窟)
陸中大橋ミナージョ(鉱石)
洞泉ツェルヴォイ(鹿)
松倉ラ・スーダ・クルーツォ(南十字星)
小佐野ヴェルダ・ヴェント(緑の風)
釜石ラ・オツェアーノ(大洋)


接続鉄道路線

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