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山田線

やまだせん

山田線は鉄道路線、JRの路線と近鉄の路線が存在するが、この項目ではJRの路線に関して説明する。
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近畿日本鉄道の路線については近鉄山田線を参照。

概要

2015年現在、JR東日本が保有する全線非電化単線の路線であり、東日本大震災の影響により一部不通となっている。

 JR東日本はこの路線を廃止する可能性が存在している(後述)。

路線

盛岡-宮古-釜石、157.5km(うち宮古-釜石間55.4kmは被災のため不通区間)
他線との連絡
盛岡駅-東北本線IGRいわて銀河鉄道東北新幹線田沢湖線
茂市駅-岩泉線(廃線)
宮古駅-三陸鉄道北リアス線
釜石駅-釜石線、三陸鉄道南リアス線

この路線は大きく分けて二つに分けられる。内陸部を走行する盛岡-宮古間、太平洋沿岸を走行し、気仙沼線大船渡線三陸鉄道の路線とともに三陸縦貫鉄道を形成する宮古-釜石間であり、この二つの路線を通して運行する車両はなかったとされる。

使用車両

C58 DD51 キハ52 キハ58 キハ110
HB-E300系 三陸鉄道36-1100形、36-1200形、36-600形

歴史

 この路線のうち盛岡-宮古-陸中山田間は鉄道敷設法(明治25年成立)に定められた路線であり、陸中山田-釜石間は改正鉄道敷設法(大正11年成立)により三陸縦貫鉄道の一部をなす路線として定められた路線である。
 前者は古くから計画はあったものの、を越える必要があったため大正9年まで着工は延期され(なお着工されたのは当地出身で当時首相であった原敬の影響があるとされる)昭和10年まで工事が続いた。後者はそれに引き続いて工事され、昭和14年には完成した(それ以遠は戦争の影響により着工されず、戦後昭和40年代に大船渡線(一ノ関-気仙沼-盛間、この路線は三陸縦貫鉄道の一部として戦前着工された。現在気仙沼-盛間は不通のためバス代替)側および八戸線(八戸-久慈間、他のJR在来線と接続のない孤立路線)側より着工され、現在三陸鉄道の路線となっている)

開通後

建設当初は特に盛岡-宮古は旅客数も多く、釜石からの鉄鉱石貨物を担う有力路線であったものの、その後釜石線(花巻-足ケ瀬-釜石、元は釜石の鉄鉱石を輸送するための私鉄軽便鉄道だったものを買収したもので、結局全線開通したのは戦後であった)の整備や度重なる災害、地域の衰退などにより乗客量が減少した。
そのため、この路線は特定地方交通線に指定されたが、当時代替輸送道路が未整備ということで残された(代替輸送道路が整備された現在では状況が異なる)。

国鉄の分割民営化の際にはJR東日本の管轄となった。
連絡していた岩泉線2011年東日本大震災が原因の土砂崩れにより休止、2014年廃線となった。

東日本大震災

震災により、海岸沿いに存在する宮古-釜石間、全体の1/3が不通となっている。
JR東日本は震災後の町つくりの推移を見たりするため、この路線の復旧に時間がかかるとしてバスによる高速輸送(以下BRT)での復旧を出したものの、これは周辺自治体に拒否された。
そのため、この路線の修理費用の2/3を負担し、その後三陸鉄道および周辺自治体に譲渡するという奇策を提案。これを嫌がった自治体も存在したが、JR東日本がかなり譲歩する形で地元自治体は一応は了承した。これにより、2018年度に宮古~釜石間は復旧の上で三陸鉄道に譲渡の予定となった。

なお、現在運行している山側の残存部分も不採算のため可部線のように一部廃止されたり、一部区間が富山ライトレールのように運用される可能性も否定できない。

山側路線のうち2015年12月の土砂崩れ以来、上米内駅~川内駅間が不通となっているが、2017年秋ごろに運転再開の予定となっている。

関連項目

JR東日本 ローカル線 三陸鉄道

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