路線データ
路線名 | 花輪線 |
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ラインカラー | ワインレッド |
路線区間 |
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路線愛称 | 十和田八幡平四季彩ライン |
路線距離 | 106.9km |
軌間 | 1,067mm |
駅数 |
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非電化区間 | 全線 |
最高速度 | 85km/h |
単線区間 | 全線 |
閉塞方式 | 特殊自動閉塞式(軌道回路検知式) |
保安装置 | ATS-SN |
運転指令所 | 盛岡総合指令室(CTC) |
第一種鉄道事業者 | 東日本旅客鉄道(JR東日本) |
概要
好摩駅(岩手県盛岡市)と大館駅(秋田県大館市)を結ぶJR東日本の路線。愛称は「十和田八幡平四季彩ライン」。
起点の好摩駅に乗り入れる全列車がIGRいわて銀河鉄道線の盛岡駅まで直通する。その為盛岡駅では下りの一番列車と上りの東北本線直通列車を除き全てIGR側のプラットホームを使用する。またIGRには「甲種内燃車運転免許」(気動車の運転免許)を所有する運転士がいない為、JR東日本の乗務員がIGR線内も乗務する。
盛岡駅〜十和田南駅間で東北自動車道及び国道282号と、十和田南駅〜大館駅間で国道103号と並走する。
険しい奥羽山脈を横断する為、特に大雨による影響を受けやすくしばしば運休が発生する。
花輪線は大館駅~陸中花輪駅(現・鹿角花輪駅)間を私鉄の秋田鉄道が1914年から1923年にかけて全通させ、好摩駅~毛馬内駅(現・十和田南駅)~陸中花輪駅間は国が花輪線として1922年~1931年に掛けて延伸し、1934年に秋田鉄道を買収・国有化のうえ花輪線に編入したことで今日の花輪線となった。
ちなみに毛馬内駅から遠く東北本線(現・青い森鉄道線)の三戸駅まで鉄道を敷設する構想があったが断念している。
花輪線は松尾鉱山や尾去沢鉱山の存在もあり貨物輸送でも恩恵を蒙っていたが1972年に松尾鉱山、1978年に尾去沢鉱山が閉山し打撃を受けた。さらに1970年代からのモータリゼーションの発展、1980年代に東北自動車道が開通したことで八幡平への観光客などをマイカーや高速バスに奪われ、沿線の過疎化が進行していることもあり苦戦を強いられている。
運行形態
かつては急行「よねしろ」「さんりく」「みちのく」、快速「八幡平」等の優等列車や首都圏からの臨時列車が運行されていたが、2015年(平成27年)3月14日ダイヤ改正で「八幡平」が廃止されて以降は普通列車のみ運行している。
好摩駅が起点だが国鉄時代からずっと好摩駅から盛岡駅まで乗り入れている。それはこの区間が2002年12月に東北新幹線八戸駅延伸開業でIGRいわて銀河鉄道に移管されてからも継続している。なお現在は上りの鹿角花輪駅発の一番列車が盛岡駅からさらに花巻駅方面に向かい日詰駅行として毎日運行されている。これは2019年9月に岩手医科大学附属病院が紫波郡矢巾町へ移転したためもある。
大半の列車が盛岡駅〜大館駅間の運行だが、下り5本・上り6本と本数は非常に少ない。最大3時間程度列車間隔が開く時間帯が存在する。区間便として荒屋新町駅・鹿角花輪駅発着の列車が設定されている。
「よねしろ」や「みちのく」が設定された頃から大館駅から奥羽本線を走り秋田駅や弘前駅まで乗り入れていたが、定期列車の乗り入れは2008年3月のダイヤ改正で無くなり現在では臨時快速「花輪ばやし号」の乗り入れも無くなっている。
国鉄時代に東北本線で事故や災害が発生した際には、北上線や陸羽東線とともに優等列車の迂回運転に利用された。1966年8月に台風の被害で東北本線浅虫駅付近が不通となり、特急「はつかり」が盛岡駅~青森駅間を本来の尻内駅(現八戸駅)経由ではなく大館駅経由で花輪線と奥羽本線を迂回運転している。
駅一覧
運行形態に則りIGR区間も記載する。
駅名 | 乗換路線 | 備考 |
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↑東北本線日詰駅まで直通運転 | ||
盛岡駅 | 一部JRホーム発着 | |
青山駅 | ||
厨川駅 | ||
巣子駅 | ||
滝沢駅 | ||
渋民駅 | ||
↑IGRいわて銀河鉄道/↓JR東日本 | ↑交流電化/↓非電化 | |
好摩駅 | IGRいわて銀河鉄道目時駅方面 | IGR管理駅 |
東大更駅 | ||
大更駅 | 1972年10月まで松尾鉱山線が接続。 | |
平舘駅 | ||
北森駅 | ||
松尾八幡平駅 | 旧名は岩手松尾駅。 | |
安比高原駅 | 旧名は龍ヶ森駅。 | |
赤坂田駅 | ||
小屋の畑駅 | ||
荒屋新町駅 |
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横間駅 | ||
田山駅 | ||
兄畑駅 | ||
↑岩手県/↓秋田県 | ||
湯瀬温泉駅 | 旧名は湯瀬駅。 | |
八幡平駅 | 旧名は小豆沢駅。 | |
陸中大里駅 | ||
鹿角花輪駅 | 当駅発着あり、旧名は陸中花輪駅。 | |
柴平駅 | ||
十和田南駅 | スイッチバック駅、旧名は毛馬内駅。 | |
末広駅 | ||
土深井駅 | 旧名は尾去沢駅。 | |
沢尻駅 | ||
十二所駅 | ||
大滝温泉駅 | ||
扇田駅 | ||
東大館駅 | ||
大館駅 | 奥羽本線 |
使用車両
過去の使用車両
ターンテーブルに収まらないためC58を投入出来なかった事情から1971年9月に花輪線が無煙化されるまでずっと運用され3重連運用も行っていた。1960年末期からのSLブームでは東北地方では東北本線の十三本木峠(奥中山)越えや奥羽本線旧線の矢立峠越えと共に龍ヶ森越えの三重連が注目され、龍ヶ森駅(現・安比高原駅)周りに全国から鉄道ファンが多く集まり活況を呈したため「龍ヶ森銀座」と呼ばれた。
国鉄時代から客車列車や貨物列車の牽引を担当。一番のハイライトは1997年~2002年のスキーシーズンに上野駅→安比高原間の臨時寝台急行「ホワイトスノー安比(翌年から「ホワイトスノー安比・盛岡」)」の盛岡駅以北を重連で牽引したことであろうか。
国鉄時代、ローカル列車で運用されていた。急行用車両の不足から2エンジン車のキハ51の一部は急行色に塗り替えられて運用された。
特に2エンジン車のキハ52が重宝され国鉄民営化後も生き残ったがキハ110系に置き換えられ引退。その他キハユニ26なども運用されていた。
「よねしろ」や「はちまんたい」などで使用されていた。
「よねしろ」や「第1みちのく」を始めあらゆる気動車急行や快速さらに普通列車でも運用され2000年代まで使用された。
- キハ58・28系「kenji」
盛岡車両センター所属のジョイフルトレイン。「花輪ばやし」期間中に運行された臨時快速列車「花輪ばやし号」として花輪線に入線していた。
臨時寝台急行「ホワイトスノー安比・盛岡」で使用。編成は運行年度によって異なるが、寝台特急「北斗星」仕様の編成が間合運用された事もある。
(番外)
「はつかり」の迂回運転で一度だけ入線した。
外部リンク
- 花輪線 - Wikipedia…花輪線の詳しい沿革はこちらを参照されたし。
- 花輪線 - ニコニコ大百科
- 花輪線 - アニヲタWiki