概要
日本国有鉄道(国鉄)が新製した特急形寝台客車。激しくなった航空機ほか他の交通機関との対抗上24系(24形)をベースとして新製時よりB寝台車を二段式寝台とし、居住性を向上させた。外見上はそれまでの白帯をステンレスの銀帯としているのが特徴(ただし後年は塗装に変更されたものもある)。また、減少した寝台数を少しでも稼ぐため内部割り付けが変更され、便所が割を食い一か所はいわゆる便器が枕木方向に向く「直角便所」とされた。
1974年4月より営業運転に投入された。なお、24系とは相互の混結が可能であり、食堂車はオシ24が共用とされたため九州特急では編成中やや違和感のある存在となった。
増備車
1976年秋より設計を簡略化した100番代が登場。寝台は上段が固定式となった関係で側面窓は寝台側が小型化され、オハネフ25の車掌室妻面は平面で構成され、方向転換ができなくなるなどしたが、不都合がやはり多かったのか、1977年冬よりオハネフは方向転換が可能で妻面に若干の傾斜を持たせ分割併合に便を図った200番代へと移行。
また、久々に個室寝台の設定がありオロネ25形が製造。ただ、一人当たりの個室スペースは余裕のあるものではなく独房とすら揶揄されたこともある。
電源供給システムは24系と変更されていないので電源車の共用が可能だが、新規に荷物室スペースが設置された(新聞輸送などの「ブルートレイン便」用)カニ24形が設定。昭和52年からは荷物室をさらに増設し車体延長された100番代となった。
国鉄最末期~JR移行
北海道向け寝台特急の計画(後の「北斗星」「エルム」「トワイライトエクスプレス」)が立てられたことから、耐寒耐雪工事を対象の車両に施工開始。その際従来の折戸では雪害に耐えられないことから引き戸に改造された。
これに並行してオハネ25改造により久々の新形式個室寝台「ツインデラックス」オロネ25 500番代が改造で登場、さしあたって後に「北斗星」に移行される「ゆうづる」に耐寒対策車とともに投入される。(JR北海道車はJR東日本に貸出扱いで使用されていた)
また、食堂車が払底していたので余剰のサシ481を改造し客車に編入、スシ24形となった。これは車体断面が485系のままなので背が低く一発で識別可能だった。
九州向けブルトレ「富士」「はやぶさ」にはフリースペースとして、オシ14・オハネ14を種車としたオハ25形「ロビーカー」が増結される。これによる牽引定数の増加から、九州ブルトレの牽引機は高速時の牽引特性に優れたEF66へと変更となり、また在来の食堂車も一部が「星空調」「オリエント急行」風など工夫を凝らした内装に改造され、700番代に区分される。
バブル期に咲いた花
JR移行後、九州特急「あさかぜ」に使用される車両に対しアコモ改善工事を実施。内装の全面リニューアルが図られたほか、個室の「デュエット」の設定など今後のリニューアルの指針となるべく改造を実施。外観も先に登場していた北海道向け改造車同様の金帯に変更がなされた。
この後、バブル期の狂乱に従うかのように無個性であった25形に無数のバリエーションが増えていく。
1988年の青函トンネル開業とともに「北斗星」が登場。「豪華寝台」を売りにオロハネ25形「ロイヤル」をはじめとする改造車が多数登場。一方JR西日本も「究極の豪華寝台列車」を目指し、スロネフ25型をはじめとする個室寝台を中心とし、「寝台特急は青」の概念を覆しダークグリーン塗装の車体となった「トワイライトエクスプレス」を登場させる。
同時期には最終製造車となった「夢空間」も登場したほか、にわかに個室寝台が流行し改造車が多数登場し活況を呈した。電源車の不足から、50系マニ50に電源セットを搭載し編入したマニ24や、北斗星が個室中心になり余剰になったJR北海道所属のオハネフ25 200番代に14系用電源ユニットを搭載した急行「はまなす」用スハネフ14 550番代といったキワモノまで現れたものである。
終わりの始まり
バブルの狂乱が過ぎると先延ばしにしていた問題が露呈してきたのか、1993年には九州ブルートレインの食堂車営業が終了。これを皮切りにブルートレインは一気に凋落の路をたどり始める。
1994年にはブルートレインの始祖であり、バブル期グレードアップのさきがけであった博多「あさかぜ」が廃止。既に多少のグレードアップでは客を引き付けられない状態となっていたのだ。
「あさかぜ」の廃止により転用された25形を使い老朽化の激しかった583系「はくつる」が客車特急に復帰するなどの話題は有ったものの、主にJR九州区間では「特急が特急に追い抜かれる」現象が発生していた。130km/h運転が標準であり、振り子機能までそなえる新系列特急電車に速度面でもはや太刀打ちできなくなっていたのである。
1997年秋田新幹線開業では「あけぼの」が廃止。「鳥海」がその名を引き継ぐものの余剰・老朽廃車が本格的に開始される。それより少し前からJR東日本所属のしばらく継続利用する車両を対象に更新工事が開始され、北海道・東日本のカニ24型などは騒音・排気・振動の激しい旧型発電エンジンから、新系列DCで運用実績のある駆動エンジンをベースにした小型・軽量・低騒音の新型発電エンジンに積み替えがなされるなど老朽対策改造も多くみられるようになったが、その反面土崎工場出場車を中心に外観に無頓着な補強・部品交換などで目について外観が劣化しだした車両が目につくようになってきたのもこのころである。
1998年には285系寝台特急電車の登場によりJR西日本持ちの「出雲」「瀬戸」が置き換え。双方とも走行区間が直流電化区間であり(ただし、「出雲」は元は山陰本線経由であったのを、電車化に際して電化済みの伯備線経由に変更している)、グレードアップ車も連結されていたほか「瀬戸」にはパンタ付き電源ロビーカースハ25が連結されていたが、単純な事実があった。
機関車の交換が要らないのであれば、既に客車で運転している意味がないということが。
なお、それなら583系に早期に置き換えていればと云う意見もあるが、583系は昼夜兼用が前提の高度成長期独特の車種であり、上下幅が狭隘な3段寝台が標準で寝台のセッティングが手動(寝台収納部は見かけ以上に複雑な構造で保守に手間もかかる)であり、人手はむしろ24系より多く必要であるなど1980年代初頭には設備が陳腐化し、昼夜問わずの酷使で老朽化が無視できない状態になるなど15年を経たずに持て余す状況となっていた。(JR以降の寝台列車増発時にも改造利用計画は有り、JR移行時に改造目的でJR北海道にサハネ581やサロ481が継承されているものの、実際には施工されておらず、転用目的の台車1両分を残し全て処分されている。)また、それ以前の1960年代前半にも153系ベースの寝台電車計画が持ち上がっていたが、夜行運転だけの車輛は東海道・山陽新幹線開業後に投資の手戻りとなるため中止となり、九州向けに期待された285系の交直流仕様は製造されずに終わるなど、電車と寝台の需給のすり合わせはやはり難しいようである。
終焉にむけて
1999年、北斗星の臨時便ダイヤを使い新型特急寝台客車E26系「カシオペア」がデビュー。当時ファンの間ではトワイライトエクスプレス同様、追加製造して既存の24系客車を置き換えるとの推測がまことしやかに流れたものだが、製造一本でで打ち止めとなり結果ワンオフ編成となってしまう。唯一ユニークな話題と云えば、北斗星用のカニ24のうちの1両がカシオペア編成との併結改造工事を受けカヤ27へとなったことであろうか。
1999年冬にはついに、「はやぶさ」が、佐世保編成が廃止となった長崎編成14系「さくら」と併結運転となる([富士]と共通編成。)。24系と14系の併結編成は乗客減と衰退を印象付ける出来事であった。
2005年3月の改正ではついに残存していた「下関あさかぜ」が285系に置き換えられることもなく消滅。個室寝台オロネ25 300番代は「日本海」に転用(なお、すでに1998年時点で、「瀬戸」「出雲」で余剰となったオロネ14 300が、耐寒工事と制御回線の変更で24系と連結可能に改造され、下関あさかぜと共用できるようにしたうえで組み込まれている)。余剰車の海外譲渡が開始される。
10月改正では「彗星」が廃止になり、「なは」「あかつき」は併結運転となる。これも24系と14系の併結列車であり、編成の大半は個室寝台車であったが、もはや歴史の流れにあらがうことはできなくなっていた。
2006年3月改正ではついに客車「出雲」が廃止。EF65の特急運用が消滅した。また日本海1・4号の函館直通運転も終了。2008年3月改正では西日本持ちの日本海運用と急行「銀河」が消滅する。
2014年3月改正であけぼのが臨時列車化、2015年3月改正でトワイライトエクスプレス・北斗星の定期運用終了、8月には北斗星の臨時列車運用も消滅する。
そして最後の定期列車「はまなす」が2016年3月改正で廃止、トワイライトエクスプレス編成運用終了となった。42年間に及んだ栄光と波乱に満ちた歴史の終焉であった。
主な運用線区
北は北海道から南は鹿児島まで全国各地、寝台特急列車の走るほとんどの路線で使われた。ただし国鉄時代は寝台特急の設定がなかったことから、北海道や四国での使用実績はなく、国鉄民営化後に北海道に「北斗星」、四国に「瀬戸」が設定されたことにより、24系25形が4島及びJR6社すべての定期の特急列車で使用された初めて(特急以外の団体臨時列車に使われた特急車両では485系電車や14系客車などもある)、かつ唯一の形式となっている。なおJR四国とJR東海は自社車両として在籍はしていない。
新幹線開業や国鉄民営化などに伴い、複数のJR会社をまたぐ長距離特急列車が減少したことや、国鉄時代のように全国各地で使われるような車両も出てこなくなったこともあり、今後これらの条件を満たした車両が登場するとは考えにくく、24系25形が最初で最後の型式になるであろう。
24系25形が定期の特急列車で走行したことの無い都道府県は山梨県※、長野県※、奈良県※、和歌山県、三重県、愛媛県※、高知県※、徳島県※、長崎県である(※は24系25形以外を含めて寝台特急の設定がなかった県、三重、和歌山は「紀伊」、長崎は「さくら」「あかつき」が14系などで運転されている)。
臨時列車では長崎、和歌山、愛媛がトワイライトエクスプレス編成、長野、山梨、奈良がJR東日本車による入線が見られ、入線の確認が取れていない県は三重、徳島、高知となっている(要検証)。