概要
東京駅~高松駅間を運行する寝台特急でJR東海/JR西日本の285系電車を使用。東京駅~岡山駅間はサンライズ出雲と併結運転される。
JR4社(東日本、東海、西日本、四国)を直通する唯一の旅客列車である。
なお3社(E、C、W)に限ってもサンライズ出雲と共に唯二。在来線の長距離列車としてはサンライズ出雲に次ぐ第二位となっている。
歴史
その歴史はかなり古く、1949年9月に運転開始された東京駅~姫路駅間の無名の夜行急行43・42列車を源流とし12月には岡山駅まで延長され、翌1950年5月には広島駅まで延長された。
同年9月に急行「安芸」となり東京駅~広島駅・宇野駅間の運転となる。
1951年9月、広島「安芸」の単独化に伴い、宇野「安芸」も単独運転になるが名称はないままだった。同年11月から東京駅~大社駅間の急行「いずも」を併結し「せと」の愛称を与えられた。
1956年9月、「せと」と「いずも」は互いに単独運転となり「瀬戸」と「出雲」に改称。
1964年、「瀬戸」と同区間に寝台急行「さぬき」が増設
1968年、「さぬき」を統合し2往復となる。
1972年、1往復が寝台特急に格上げされ20系客車に変更。山陽新幹線岡山開業もあり1往復が廃止。
1988年、瀬戸大橋線開通に伴い運転区間を東京駅~高松駅間に変更し直接四国入りを果たした。
1998年、車両を285系寝台電車に置き換えると共に名称を「サンライズ瀬戸」に変更。同じく285系電車化された「出雲」2・3号改め「サンライズ出雲」と岡山駅まで併結運転することになった。
余談
- 「あさかぜ」など他の寝台特急が利用率低迷に苦しむ中、乗車率が高く比較的好調だったことから電車化され、現在に至るまでほぼ同じ体制で運行が続けられている。
- 1999年から2009年まで多客期に松山駅まで延長運転しており、2014年以降の多客期には琴平駅まで延長運転されている。
- 運行当初から瀬戸大橋線開通まで宇高連絡船を介した本州四国連絡の使命を帯び高松桟橋駅(高松駅)では準急「せと」「南風」「なると」に連絡していた。ちなみに四国の「せと」は1968年に「うわじま」と改称されている。
- 客車特急時代には14系14形を使用されたことはなかったが、急行時代の1971年に14系B寝台車の試作車が「瀬戸2・1号」に試用されている。
記録
サンライズ出雲と共に以下の項目がある(いずれも定期旅客列車として)
・寝台列車(同上)
・座席車と寝台車を併結(定期ではないななつ星や四季彩などを含めても、唯一)
・東海道本線を全線走破
途中停車駅
横浜・熱海・沼津・富士・静岡・(浜松)・〈米原〉・大阪・三ノ宮・姫路・岡山・児島・坂出
【2024年3月現在】 ():下りのみ乗降可 この文字:上りのみ乗降可 〈〉:乗務員交代の為の運転停車で、旅客扱いは行わない
上りのみ大阪駅と東京駅を直接結ぶ列車でもあり、関西圏から東京方面への需要も一定数ある。