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北斗星

ほくとせい

北斗星は、JR東日本およびJR北海道が運行していた寝台特急の愛称。
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北斗七星の別称、あるいはそれに由来するJR東日本及びJR北海道が上野駅~札幌駅間で運行する寝台特急の愛称。
本項目では寝台特急「北斗星」について説明する。

寝台特急「北斗星」

1988年3月13日、青函トンネルを含む津軽海峡線の開業と同時に運行を開始した。運行開始以来現在まで客車は24系客車(食堂車は485系・489系電車から)の改造車両が使用されている。

A個室寝台車「ロイヤル」や食堂車(グランシャリオ)、ロビーカーを連結した豪華編成での運行が好評を博し、その後の「トワイライトエクスプレス」や「カシオペア」の登場の素地を作った。

最盛期は毎日3往復が運行されたが、需要の減少とカシオペアの運行開始により、1999年に2往復に削減、さらに2008年3月以降は青函トンネル北海道新幹線の線路敷設工事開始に伴い、夜間の工事に響くとのことで、毎日1往復の運行になっていた。
1号車~6号車がJR北海道所属車、7号車~電源車がJR東日本所属車の混結編成になったのもこのころである。
2010年7月より、上野駅~青森信号場間の牽引にJR東日本が新製したEF510形電気機関車が投入された。なお、列車番号は「1・2」。2014年の時点では客車列車としては全JR線で唯一のトップナンバーであった。

国鉄時代のブルートレインのイメージを吹き飛ばした次世代ブルートレインとして時代の寵児であった北斗星であったが、北海道新幹線開通のための工事時間の確保や客車の老朽化を理由に、2015年3月14日限りで定期運用を終了した。
その後、8月まで臨時北斗星として定期運用の時と異なる編成で運行。上野発は8月21日出発分、札幌発は8月22日出発分で運行終了となった。現役最後のブルートレインだった。

本来のルートは東北本線IGRいわて銀河鉄道線ー青い森鉄道線ー津軽海峡線函館本線室蘭本線千歳線であるが、災害時には違うルートをとることもあった。(後述)

バリエーション

定期列車以外にも、かつては同じ車両を使って「北斗星」の名前を冠して様々な臨時列車が運行された。

・夢空間北斗星

夢空間+α


夢空間」車両を連結して運行した列車。下記の臨時列車にも連結して運行したことがある。
・北斗星トマムスキー
北海道側の始発・終点をトマム駅にした列車。冬季のみの運転。
東京側は当初は上野駅だっだが、のちに横浜駅や品川駅、新宿駅になった。
経路は横浜駅から大宮駅まで横須賀線山手貨物線東北貨物線を経由(つまりは湘南新宿ラインのルート)し、大宮~沼ノ端は定期列車と同じルートを走る。そして沼ノ端からは室蘭本線をそのまま走り、追分駅から石勝線に入ってトマムまで走った。
・北斗星トマムサホロ
トマムスキー号を延長して始発・終点を新得駅にした列車。
・北斗星ニセコスキー
上野~札幌間を函館本線(山線)経由で走り、ニセコ、倶知安、小樽駅を経由して運行した列車。
・北斗星小樽号
「北斗星1号」を札幌駅から小樽駅まで延長した列車。

列車ではないが・・・

惜しまれつつも列車としての運行が終わってしまった「北斗星」がほぼ1年後・・・なんとホステルゲストハウスとして宿泊施設に生まれ変わった

ロゴマークがそのままにトレインホステル北斗星という名前で、JRの馬喰町駅(4番出口)のすぐ隣に2016/12/15にオープン。
かつて使われていた寝台車の部品や装飾品がほぼそのまま余すことなく使われており、お手頃価格(なんと3000~5000円程度)で利用できる。
ブルートレインに乗ったことがないという人や、かつて北斗星を使っていたという人は、是非とも利用して当時の寝台列車の感覚を味わってほしい。

公式ページ

トリビア

・運行開始当初は現在のような専用塗装の機関車はなかったため、EF81DD51も国鉄色の機関車が牽引するという、現在であればファン垂唾ものの姿で走っていた。(田端機関区のEF81では、お召し指定機の名残があった81号機、レインボー塗装の95号機はもちろん、ローズピンクの初期車も普通に牽引に当たっていた)
専用塗装化が始まるのは、DD51が1988年夏頃、EF81が1988年秋頃である。

・さらに、札幌駅も高架化される前(全面高架化は1990年)であったため、地上駅時代の札幌駅に停車する写真も残されている。気になる人は探してみるといい。

・当初「北斗星1号」の函館→札幌駅間では、「ヒルネ」(普通の特急券+乗車券で寝台に座席扱いで乗れる)の制度があった。これは同じ区間を走る特急「北斗」のダイヤを使って走っていたためであった。しかし、函館駅から乗車した乗客の席が確保できないことが多く苦情が殺到、その後同区間でスハフ14形やスハネフ14形を増結して急場をしのいでいたことがある。

・運行当初は2往復、1往復は季節運転扱い(北斗星3・4号 全車B寝台)で運行してたが、翌1989年夏に個室寝台車が増備され3往復になった。その後全車B寝台の列車は「エルム」となった。

・当初の個室車は全てB寝台車からの改造車である。なお運行開始時点から北海道受け持ちの1・2号と、東日本受け持ちの5・6号で編成の内容が異なっていた。(季節運転・全車B寝台の3・4号は東日本が受け持ち)

・1989年には既存2往復に「ロイヤル」を含む個室車が2両連結に増強され、前述のように季節運転の3・4号が定期列車になった。定期運行化の際に北海道と東日本が1編成づつ受け持つことになり、編成の内容は「東日本編成」に準じた編成になった。しかし両社共々改造増備された車両は、予備車の共用化や既存車からの仕様変更、さらに用意できた種車の関係で「珍車中の珍車のオンパレード」のような有様になってしまった。

・さらに北海道受け持ちの1・2号では、独自にB寝台の個室化を順次推進、1997年には全車両の個室化を達成している。(寝台車の種車が尽きてしまい、14系座席車の床上を全部造り直した車も存在した)

・列車の知名度と人気とは裏腹に、鉄道模型の世界では長年冷遇されていた。1990年代半ばまで毎年のように編成が変わり、また車両も多種多様になり過ぎてしまったため、当時の模型メーカーが(ユーザーも)手を出し難かったものと思われる。Nゲージの場合、運行開始後間もなく2社が製品化したが、両社共長年に亘り改良や追加車種の発売も無く(1社が後に東日本編成ロイヤル2両化用の増備車を製品化したが・・・)、稀に再生産される程度の放置状態が続いていた。北斗星の製品群が充実化するのは、実物の廃止が現実的になり始めた2007年頃からである。

・あまり知られていないが、ブルートレインの削減が始まった1994年以降、3・4号は「毎日運転の季節列車」という、かなり変わった扱いで運行されるようになった。

・災害などで本来の路線が不通となった場合は迂回運転を行うことがあった。本州では常磐線経由や高崎線上越線信越本線羽越本線奥羽本線経由(要するにあけぼののルート)、北海道では有珠山が噴火した際に長万部~札幌間を函館本線(所謂「山線」)経由で走ったことがある。

関連イラスト

EF510-501北斗星




関連タグ

東北本線 津軽海峡線 函館本線
カシオペア(列車) トワイライトエクスプレス
24系 EF81 EF510 ED79 DD51

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