概要
この9条だけで日本国憲法の第2章「戦争の放棄」を構成し、日本国憲法の三大原則の中のひとつとされる「平和主義」を規定している( 他の2つの原則は「国民主権」および「基本的人権の尊重」 )。
日本国憲法はこの条項の存在のために「平和憲法」と呼ばれ、このために世界に唯一の交戦権否定の憲法だと思われることがあるが、実際にはドイツやイタリアやフィリピンや韓国など多くの国の憲法に「不戦条項」と呼ばれる類似の規定がある(アメリカ合衆国憲法などにはない)。ただし、日本国憲法の場合は戦力不保持を定めた9条2項がある点が特異である。これについては憲法学者の間でも解釈が分かれ、よく知らない素人が文字面だけ読んで「日本は鉄砲の一丁を持つことも許されない」などと極端な解釈を行いがちだが、現状の自衛隊や警察を含めた暴力装置の存在については国際的にも認められており、また国際法との整合性についても多くの議論が積み重ねられてきた。ここではそれに関して説明を行う。
第9条の条文
- 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
- 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
簡単に説明すると
1項「よそに喧嘩は売りません」
2項「そのために武力は持ちません」
「そのための」と武力の範囲を限定するのではなく「そのために」と限定しない表現になっていることが重要。この解釈を俗に「2項全面放棄説」と言い、現在の政府解釈の主体となるものである。
自衛隊は違憲か?
戦後の問題になり続けている自衛隊の違憲・合憲問題についてだが、現在の政府は「自衛のための最小限度の実力であれば憲法に言及されている武力」には当たらないという解釈である。読んだままの解釈(文理解釈)では一見無理筋にも見えるのだが、現状の自衛隊が直ちに違憲だと唱える主張は少数意見である。
より詳しく
1項
- 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し
国際連合憲章などに基づく平和の秩序を前提として外交を行うという宣言。
- 国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使
国権とは国家の権力、つまりは政府のことであり、「武力による威嚇又は武力の行使」とはいわゆる「戦争」のことである。
- 国際紛争を解決する手段として
「国際紛争」とは紛争一般のことではなく、侵略戦争を意味する。
- 永久にこれを放棄する
そのままの意味。
2項
- 前項の目的を達するため
「芦田修正」(後述)により追加された部分。政府見解・通説はこれを「一切の戦力保持を否定する」と解釈するが、2項が禁じているのは「侵略戦争に用いるための戦力保持」であって、自衛目的の戦力保持は許されていると考える意見も根強い。
- 陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない
国があらゆる武器を持たない...という意味ではなく、「自衛のため必要な最小限度を超える」戦力を持たないという解釈が主流。どこまでが最小限度かは意見が分かれる。
- 国の交戦権は、これを認めない
「交戦権」とは、政府解釈では自衛権と区別される。自衛権の行使として相手国兵力の殺傷と破壊を行う場合、外見上は同じ殺傷と破壊であっても、それは交戦権の行使とは別のものとされる。しかし、憲法が交戦権を否定しているため、敵国領土の占領などは許されない。
大日本帝国憲法では?
ちなみに旧憲法である大日本帝国憲法の第九条は「天皇は各種目的で命令を出すことができる、ただし命令により法律を変えることはできない」という内容である。
他国における憲法9条
- アメリカ合衆国憲法…本来の条文が8条までしか存在せず、のちに追加された条文には修正と付加されるため、実際には存在しない。ただし修正9条が存在する。
- ドイツ連邦共和国基本法…「(憲法の目的に反しない限りの)結社の自由」
- イタリア共和国憲法…「文化の推進および記念物の保護」
- フランス共和国憲法…「大統領に関する事項(詳細不明)」
余談
- 日本国憲法は占領下で国際連合、実際には日本国を実質支配した連合国軍最高司令官総司令部( 以下GHQ )に押し付けられたという「押し付け憲法論」という議論が存在する。
- 憲法九条の衆議院での審議に際しては、この条文の内容に関する修正が行われている。これより後に自衛隊が所有可能という解釈が生まれた。
- 第一項の日本国民は、正義と秩序とを基調とする国際平和を誠実に希求しという部分を追加し、第二項においては前項の目的を達するためという部分を追加している
- これは日本側の意向で付け加えられたものであることが明らかである( 帝国憲法改正小委員会の委員長であった芦田均、後に内閣総理大臣、の名前を取り芦田修正と呼ばれる)。
- 日本の軍事力保持を禁じた本条項は、国際情勢の変化などによりほどなくGHQの思惑と齟齬を生じた。そのため解釈の変更による実質改憲が行われた。
- 韓国軍がベトナム戦争でのべ30万人以上の兵士を派遣し数々の蛮行を働いた事実と比較して、日本は憲法9条のおかげで戦争に加担することを免れたという意見もある(現行の大韓民国憲法には不戦条項があるが、当時は侵略戦争禁止の条項がなかった)。実際のところはタイや中華民国(台湾)やフィリピンなど当時のアジアの西側諸国が軒並み派兵を行う中、韓国軍の派兵規模は突出しており、ベトナムにおいて米韓以外の国が残虐行為に手を染めたわけではない。また当時の日本は米軍基地からベトナムに出撃する米軍の後方支援を行い、また米軍の沖縄統治を認めることでベトナム侵略に間接的に加担したという意見も存在する。
- 集団的自衛権の行使は憲法9条に抵触するという考えが憲法学者の中では優勢である( Yahoo!ニュース「なぜ憲法学者は「集団的自衛権」違憲説で一致するか? 木村草太・憲法学者」 )。
- 他国憲法における類似の条文は以下の通り。
- イタリア共和国憲法第11条は「イタリアは、他人民の自由に対する攻撃の手段としての戦争及び国際紛争を解決する手段としての戦争を放棄する」とする。
- ドイツ基本法では26条「諸国民の平和的共存を阻害するおそれがあり、かつこのような意図でなされた行為、とくに侵略戦争の遂行を準備する行為は、違憲である。これらの行為は処罰される。」こちらは国際紛争解決手段としての戦争を否定していない。その代わりに議会によって交戦権を事前確認する規定が115a条にある。「連邦領域が武力で攻撃された、またはこのような攻撃が直接に切迫していること(防衛事態)の確認は、連邦議会が連邦参議院の同意を得て行う。」
- ちなみに、イタリアでは集団的自衛権そのものは憲法学的に概ね容認されているが、湾岸戦争やコソボ紛争など個々の政府による出兵が本当に自衛権の発動といえるのかは、しばしば大きな議論を起こした。
- 2015年には憲法9条に関する議論を主題とした恋愛アドベンチャーゲームが発売予定と発表。
- 9条の改憲は石破案(自民案)の9条2項削除、安倍案の自衛隊明記、山尾案の立憲的改憲の3種類がある。主に自衛隊の役割や集団的自衛権容認か個別的自衛権のみに制限させるなどの違いがある。