概要
エアバスA380(Airbus A380)は、欧州・エアバス社が開発した完全二階建ての超大型ワイドボディ機。2007年にシンガポール航空に対して初の引渡しが行われた。
旅客機としては世界最大の機種であり、客席数はボーイング747を上回る。貨物機も含めればウクライナのアントノフ An-225 ムリーヤ(六発機)の方が大きかったが、2022年にロシア連邦軍がウクライナを侵攻した際に破壊されたため、現在存在する航空機としてはA380が最も大きい。
輸送能力も伊達ではなく、全席エコノミークラスなら850人以上を輸送できるという(全席エコノミーが基本の格安航空会社に採用されることはなかったため、実際のところは600席クラスまでしか運航されていないが)。キャパシティの広さを活かして豪華装備を据え付ける航空会社も多く、運航会社によってはバー、ラウンジー、果てにはシャワールームまで装備しているところもあり、空飛ぶホテルという異名も持つ。
機体
完全二階建てというのが本機の最大の特徴である。かつてマクドネル・ダグラス社などが本機種に似た「MD-12」構想を作っていたほか、ボーイング社も747の亜種として完全二階建てを検討していたがどちらもポシャってしまっており、実際に実現まで漕ぎ着けたのはエアバス社が初めてであった。
ジェットエンジンが四発搭載されており、これはボーイング747以来である。エンジンメーカーは英国のロールス・ロイス社製または米国のエンジンアライアンス社製を選択出来る。一台あたりの推力は36トン前後だが、低騒音で低二酸化炭素排出量を実現している。
これ程の巨体にも関わらずコックピット仕様はエアバスA320とほぼ変わらない(操縦桿もエアバス社に多いサイドスティック式である)。飛行特性も限りなくA320に近づけてあるといい、パイロットは僅かな違いの講習を受ければ乗り換えが出来る。
巨体すぎたが故に生じた問題
こうしてエアバス社は夢のような超大型旅客機を開発することに成功したのだが、あまりにも巨体だったが故に生じた弊害も大きかった。
既存のボーイング747などに対応出来ていたボーディングブリッジが使えず、空港側がA380専用のスポットを用意しなければならなくなったのがその一例である(日本では成田・羽田T3に専用スポットがある他、関空などでも適合するスポットがある。ただし、羽田は後述する要因のため事実上乗り入れ不可)。
またこの機種の開発が始まった1989年頃は大量旅客輸送の概念(ハブアンドスポーク、大型機でハブ空港に向かってから小型機で目的地の地方都市まで移動するスタイル)がまだ健在だったものの、開発スケジュールの遅延が重なり、就航に漕ぎ着けた2007年には既にアメリカ同時多発テロ事件で航空需要が低迷していたうえに就航直後のリーマン・ショックで生じた経済苦からさらに需要がなくなってしまい、これほどの超大型機は時代遅れとなってしまっていた。そのため巨大市場のアメリカ合衆国における売り込みに失敗した他、中華人民共和国でも1社しか受注を勝ち取れなかった。A380を導入した航空会社も、中東の会社を除けばかなりの会社がキャパシティの持て余しに苦慮した。
後方乱気流の問題もあり、同じ四発機のB747と比較してA380が発生させる後方乱気流は桁違いに大きく、安全のために次に滑走路に入る飛行機との離着陸間隔を大幅に空ける必要があった。
このことはA380の輸送力自体は大きくても、空港側の時間あたりの輸送力はあまり大きくならないということを意味する。
このため、A380の受け入れが可能な空港でも後方乱気流のデメリット、滑走路の長さなどを理由として離着陸を断っているところもあり、本邦の空港では羽田空港がその一例である。
貨物機型も一時期は構想があったが、機体の大きさの割に搭載量があまり芳しくなかったこともあり、フェデックス・エクスプレスなどから発注はあったものの、最後までA380の貨物型が生産されることはなかった。初期のシリーズから最終シリーズの747-8まで貨物機市場を圧倒し続けた対抗機のボーイング747と比較して明暗が分かれたポイントである。
日本における動向
かつては対抗する四発機であるボーイング747の最大市場だった日本でもA380導入の噂があり、2010年10月にはエアバス社が羽田〜新千歳間のデモフライトを行うこともあった。
しかし、最初に導入を発表したのは日本航空でも全日本空輸でもなく、西久保愼一が率いる第三勢力のスカイマークであった。
国際線(北米・欧州路線)進出の切り札として2011年に6機を発注したスカイマークは、大量輸送により低価格で長距離路線を運航する野望を実現しようとして大博打に出たのである。計画通りに進めば2014年から導入が始まる……はずだったのだが。
2014年に円安やPeach Aviationなどに代表される国内格安航空会社の台頭によって赤字に喘いだスカイマークは2機の導入延期と4機の契約解除(キャンセル)をエアバス社に申し出たところ、激怒したエアバス社は(JALのような)大手航空会社の傘下に入るという条件と法外な違約金を提示。スカイマーク側も流石に応じることは出来ないと抵抗したものの、この年の7月にエアバス社は700億円規模の違約金をスカイマークに請求。
この時点で製造中だった2機は尾翼がスカイマークロゴで塗られており、完成間近だったことも相まって大騒動となり、最終的に(10月に2機の売り手が見つかったことから減額はされたものの)この違約金が致命傷となって2015年1月にスカイマークは経営破綻した。
スカイマークの経営破綻によってA380導入は破談に終わってしまい、全日本空輸はボーイング777-9、日本航空はエアバスA350-1000とそれぞれの次世代フラッグシップ機材を発注したことから、日本の航空会社によるA380導入は一旦は夢破れたかに思われた。
………しかし2016年1月、今度は全日本空輸(ANA)が3機のエアバスA380を導入することを発表。
この超大型機の動向が注目されていたものの、2018年にANAは成田国際空港からダニエル・K・イノウエ国際空港までの路線の専用機材としてA380を投入すると発表した。これはハワイ路線において昭和期から築かれてきた日本航空の牙城をA380で打ち壊してやるという挑戦状を日本航空(そして近年になってJALと提携を始めたハワイアン航空)に叩きつけたに等しいものであった。
また通常塗装は一機も施されず、全機がハワイのウミガメをイメージした「FLYING HONU(フライングホヌ)」という特別塗装として導入された。2019年に1号機(水色)・2号機(青緑色)が導入され、残った3号機(橙色)は新型コロナ禍のために受領が大幅に遅れたものの、2021年末にやっと受領され、2年かけて全機が出揃った。
可愛らしいデザインもあって「フライングホヌ」はたちまち人気となり、ハワイ路線のJAL対ANA……もとい鶴亀合戦は、新たな局面を迎えることとなったのである。
こうして日系航空会社によるA380の導入、四発機復活の夢は5年越しではあるものの実現することとなった。
海外の航空会社が保有する機体も成田国際空港や関西国際空港に飛来しており、2024年時点ではアラブ首長国連邦のドバイ国際空港を拠点とするエミレーツ航空が成田・関空路線をA380で毎日運航している。ただし羽田は先述した通りA380の運航が出来ないため、B777-300ERで運航されている。
以前はタイ国際航空などもA380を日本に飛ばしていたものの、コロナ禍のためにその光景は見られなくなってしまった。
生産終了、そして退役へ
大きすぎるために採算が取れる路線が限られること、双発機の大型化や性能向上により4発機の受注数が減少傾向にあることから、一時は航空会社から新規発注を得られず、リース会社から発注を受けるのみとなった時期もあった。以降も100機以上を世界中に飛ばしているヘビーユーザー・エミレーツ航空の追加発注で何とか食い繋いでいる状態だった。
貨物仕様のA380-800Fは軽い貨物を扱うフェデックス、UPS、ILFCが発注したものの、旅客型の発注遅れが貨物型にも影響を及ぼしかねないとしてキャンセルした。これによりエアバスは貨物型のすべての発注を失い、開発が中断された。
カンタス航空は20機を発注し、2011年までに12機を納入していたが、2019年2月に残る8機をキャンセルした。この時点でエミレーツとANAに納入する分が残っていたが、2月14日、頼みの綱だったエミレーツが発注したもののうち39機をキャンセル、A330-900を40機、A350-900を30機代替発注し、エアバスはついに生産終了を発表した。これにより上記の貨物機型のほか、胴体短縮型(-700)、胴体延長型(-900)、短距離型(-800S)、超長距離型(-800R)などの派生型、燃費向上型のA380plusも全て幻に終わった。
エアバス社は、B747(主にボーイング747-400)型機に代わる世界のエアラインのフラッグシップとなることで700-750機の受注を目論んでいたが、結局総受注数は251機、目論見の1/3程度で終わってしまった。
そしてその最終251号機は、2021年12月16日にエミレーツに引き渡され、最終組立工場が存在したハンブルグからエミレーツの本拠地であるドバイへと旅立っていった。
これだけならまだよかったのだが、新型コロナウイルスの世界的流行がA380にさらなる追い打ちをかけた。
世界的な航空需要の激減により、ただでさえ採算を取るのが難しいA380は、一部の航空会社で退役が前倒しされる事になり、よりによってエアバスのお膝元エールフランスが2020年6月26日に運航を終了。カタール航空などでも数年以内に退役を始める見込みである(これはA380に限った話ではなく、まだ生き残っていた旅客型B747も、同様の理由で退役が早められている)。
退役した旅客機は他の航空会社に売却されたり貨物機に改造されたりして引き続き運用される事もあるのだが、A380は買い手がなかなか現れない上に上述したように貨物機にしようにもメリットがあまりないため、部品取り用に解体されてしまった機体もある(シンガポール航空)。
このように、大きすぎる事が仇になって時代の流れに適応できなくなったA380は、就航から僅か10年足らずで徐々に姿を消しつつあるのが現状である。
A380が世界の空から消えるのは、そう遠くない未来かもしれない…と思ったらウィズコロナによる需要回復見込みや他の機材のトラブルなどの理由で運航を再開する航空会社も現れ始めた。A380の明日はどっちだ。