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第55回菊花賞の編集履歴

2024-10-21 01:13:52 バージョン

第55回菊花賞

おとうとはだいじょうぶだ

1994年(平成6年)11月6日に開催された菊花賞。ナリタブライアンが史上5頭目のクラシック三冠を達成した。

'94年菊花賞

ナリタブライアン、七馬身差の衝撃。

群れに答えなどない。

2011年JRA・CMより

ちなみに、このCMが放送された2011年第72回菊花賞を勝ったのはオルフェーヴルで、史上7頭目の三冠馬となった。


本番までの動き

1994年のクラシック競走は、ナリタブライアンが圧倒的な強さで春の二冠を達成。シンボリルドルフ以来10年ぶりの三冠達成が懸かっていた。

しかし、前走の京都新聞杯(GⅡ、当時は菊花賞トライアル)はスターマンに不覚を取ってしまう。


ブライアン包囲網としては、上記のスターマンの他にはダービー2着馬のエアダブリン、ダービー3着馬でラジオたんぱ賞(GⅢ)を勝ったヤシマソブリン、また1980年天皇賞(秋)(当時はと同じく3200m)を逃げ切り勝ちした牝馬プリテイキャストを母に持つスティールキャストも出走し、母同様の逃げ切りを狙うと宣言した。

しかし、故障による回避が相次いだことで、菊花賞はフルゲート割れの15頭立てとなった。


出走馬

※すべて4歳牡馬。

枠番馬番馬名騎手単勝
11スターマン藤田伸二4
22マルカオーカン河内洋8
23キョウトシチー松永幹夫13
34ナリタブライアン南井克巳1
35スティールキャスト角田晃一11
46バンブーフェリーニ田原成貴10
47インターライナー的場均7
58エアダブリン岡部幸雄3
59ラグビーカイザー柴田善臣6
610フェスティブキング菊沢隆徳14
611アドマイヤコール上村洋行12
712ヤシマソブリン坂井千明2
713ウインドフィールズ東信二5
814サムソンビッグ小島貞博15
815ゴーゴーゼット村本善之9

レース展開

JRA版


カンテレ版(実況:杉本清)


弟は大丈夫だ!弟は大丈夫だ!弟は大丈夫だ!

10年振り、10年振りの三冠馬!ナリタブライアン!

そして2着はヤシマソブリンで堅そうだ!

ナリタブライアンだ!ナリタブライアン!三冠馬~!

弟は大丈夫だ!史上5頭目の三冠馬!史上5頭目の三冠馬!

10年振り!レコード~!レコード~!3分4秒6!

兄貴のレコードを10分の1秒縮めました!

京都競馬場、南井コール!


レース結果

着順枠番馬番馬名着差人気
1着34ナリタブライアン3分4秒61
2着712ヤシマソブリン72
3着34エアダブリン3/43
4着34ウインドフィールズ3/45
5着34スターマンクビ4

終わって見れば掲示板は上位人気5頭での決着となった。


その他・記録など

ナリタブライアンはシンボリルドルフ以来10年ぶり史上5頭目、元号が平成に変わってから初となるクラシック三冠を達成した。

また、朝日杯3歳ステークスも勝利しており、2歳(旧3歳)GⅠを勝利した上での三冠達成は、これが初めてであった。(他は、阪神ジュベナイルフィリーズを勝ったアパパネリバティアイランドホープフルステークスを勝ったコントレイルの計4頭だけである。)


ちなみに、ナリタブライアンと共に三冠競走すべてに出走したのはサムソンビッグだけで、ブービー(下から2番目)→最下位→最下位という結果だった。


「弟は大丈夫だ!」

実況の杉本清が発した、このレースを象徴するフレーズ 「弟は大丈夫だ!」というのは、前週の天皇賞(秋)でナリタブライアンの半兄ビワハヤヒデが競走中に屈腱炎を発症して引退に追い込まれたことを踏まえたものである。

競馬ファンは有馬記念での兄弟対決を楽しみにしていたが、ビワハヤヒデの引退により叶わぬ夢に終わった。




関連タグ

JRA 菊花賞


1994年クラシック三冠

第54回皐月賞:ナリタブライアン

第61回東京優駿:ナリタブライアン

第55回菊花賞:ナリタブライアン


【前回】第54回菊花賞(1993年) 優勝:ビワハヤヒデ(岡部幸雄)


【次回】第56回菊花賞(1995年) 優勝:マヤノトップガン(田原成貴)

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