1999年4月14日~6月16日まで8回に渡って放送された企画。
第1回目では「ANAに誘われ、サンフランシスコを紹介する」という企画のもと、プロローグの「ANAで行くサンフランシスコ」が行われたが、その“ついで”としてワシントンD.C.までのアメリカ横断に企画が変更された。企画全般に渡って、アメリカでの地域時差修正による走行スケジュールの調整で苦しんでいる様子が見られる。どうでしょうClassicで数少ない原曲の1/6の夢旅人が使用されている企画でもある。
主な事件
大泉さんラスベガスで大損
第2夜でのこと。ラスベガスに到着したどうでしょう班は「お金をかけず」に楽しむためにラスベガスで行われる無料のショーを見たものの、ディレクター陣と大泉の強い要望でカジノを行うことになる。
30分1本勝負で一人50ドルを持って行ったところ、嬉野雅道(うれしー)は24ドル、藤村忠寿(藤村D)は150ドルの勝利となったものの、ミスターと大泉は全額スる。さらに大泉がD陣の儲けたお金でもう一度カジノに行こうとしてうれしーと口論。大泉がD陣の金を「倍返しにする」と豪語し、D陣は許可し見事400ドルの勝利を収める。しかしここで欲を出したために見事撃沈し全額スってしまう。ルームサービスを含め174ドルの借金を発生させてしまった。
大泉さん倒れる
ホテルのレストランでの食事中に大泉が廊下で倒れた事件。リバースしようとしている大泉に藤村Dが買ったばかりのトレーナーを差し出し、「吐くならこれに吐け」と渡し、大泉はそれにリバース。トレーナーを洗おうとしたミスターが大量の吐瀉物に驚き、彼もリバースしてしまった。大泉は本気で死を覚悟したらしいが、翌朝には何事もなかったかのように復活し、カメラの前で前夜の出来事を語っていた。あまりに突然の出来事だったため、カメラは回っておらずVTRがない。第4夜でこの話を聞くことが出来る。
ここまでに至る過程として、大泉以外の3人が不調に陥っていた事とそれらをカバーするかのように大泉が運転を頑張っていたという伏線がある。
ミスター激怒→インキーマン
詳細はインキーマンを参照。