概要*
フクロムシ(袋虫)とは鞘甲類の蔓脚類(広義のフジツボ)の中の根頭上目(学名:Rhizocephala、2019年以降では「根頭目」とされる)に属する寄生性甲殻類。他の甲殻類に宿る寄生虫として知られている。
蔓脚類には他に一般的なフジツボやカメノテ、エボシガイ、ツボムシなどが該当するが、寄生に特化したフクロムシの成体の姿はフジツボや甲殻類どころか節足動物にすら見えず、種類によっては寄生された宿主にまで劇的な変化をもたらす。ちなみにフクロムシは寄生動物よろしく性的二形となっているが、性別・成長段階問わず消化器官が完全に消失している。
300種ほど知られている。伝統的には後述の生活環の違いにより、大まかにケントロゴン目と、そこから派生したアケントロゴン目との2つの系統に分類される(2019年の遺伝子解析によると両群とも系統的にバラバラで、十数の科に解体された)。
生態
主な宿主としてカニやエビ、ヤドカリなどの十脚目が知られるが、他の甲殻類(シャコ、他のフジツボなど)に寄生するものもいる。
多くの甲殻類と同様、ノープリウス幼生を始めとした複数の幼体段階を経て成長(変態)する。
ケントロゴン目の場合、フクロムシのメスはまずノープリウス幼生から変態したキプリス幼生が泳いで宿主に取り憑くと、ケントロゴン幼生に変態して針を突き刺し、バーミゴン幼生と呼ばれる蠕虫状の細胞塊として注入される。そこから細長い繊維状の組織(インテルナ)として宿主の体中に張り巡らされ、血リンパから直接栄養を得る。そして宿主の体外にほぼ生殖器だけの袋状の組織(エクステルナ)を生やす。分類学上の名前はインテルナ(古代ギリシャ語 rhiza 根)とエクステルナ(kephalē 頭)の形状から、フクロムシという名はエクステルナの形状からそれぞれ来ている。ちなみにこの状態のメスは体の組織が殆ど退化し脚や体節は愚か殆どの臓器が消失している。残ってるのは生殖器と神経、そしてわずかな筋肉とクチクラだけ。
オスの方はというと、キプリス幼生がメスのエクステルナに取り憑くとトリコゴン幼生に変態しエクステルナ内を辿り、中にあるレセプタクルという部分に辿り着くと精子を生成するだけの細胞塊と化す。あまりにも簡略化されたその組織は、かつてフクロムシが雌雄同体と思われてた原因となっている。
アケントロゴン目の場合はケントロゴン幼生(メス)とトリコゴン幼生(オス)の段階が省かれ更に簡略化されている。
カニなどの十脚類に寄生する場合、メスのエクステルナは多くが本来の宿主が卵を抱える筈だった部分(カニであれば頭胸部と腹部の間)に発生する。このようなフクロムシは宿主を操りまるでフクロムシが自分の卵であるかのようにエクステルナを守らせ世話をさせる。宿主が本来卵を成さないオスであっても母性が芽生えたかのように、同様の行動を取ることになる。
ちなみに宿主が成長や生殖に使うエネルギーをフクロムシに回してしまうので、本来であれば寿命まっしぐらの宿主はフクロムシに寄生されることでかえって長生きするとされている。なおフクロムシによって寄生去勢をされるので宿主は自身の子孫は残せない。
元々フクロムシは他のフジツボのように水中の有機物を濾過食する生物だったと思われるが、他の甲殻類の表面にひっついていくうちにこのような奇抜な寄生生活をするように変化していったとされている。過去のフジツボでこのような進化をした系統は他に知られておらず、おそらくフクロムシ系統独自のユニークな生態である(寄生性フジツボは他にもいるが、どれもまだフジツボらしい形を保っている)。
余談
癌を英語ではCancer(キャンサー)というカニを意味する言葉で呼ぶが、これはフクロムシに寄生されたカニが癌のようにグロテスクな塊を生やすから…ではなく、悪性腫瘍から血管がカニの脚のように広がるから、らしい。つまりフクロムシは関係ない。
関連タグ*
チョウチンアンコウ、ミツマタヤリウオ:メス巨大オス矮小の性的二形で知られ、オスがメスの体に取り憑き精子を提供する存在と化す点が似ている。
ネジレバネ:宿主の昆虫を寄生去勢し行動を操る、宿主の胴体からメスの体の一部が突き出ているなど、一見すると似たような生態の寄生昆虫。
ヒジキムシ、シタムシ、シダムシ:寄生生活により節足動物らしからぬ姿になった甲殻類同士。後者はフクロムシなどの蔓脚類と同じ鞘甲類。