概要
かつて沖縄県の宮古島にのみ生息していたとされるカワセミの仲間(絶滅種)。大きさ20センチくらい。
ショウビン類はマングローブのある汽水域~海辺の林に住み、主に魚や虫を食べるのでこいつも同じような暮らしぶりだったようだ。
名前の区切りは「ミヤ・コショウビン」ではなく「ミヤコ・ショウビン」であり、この「ショウビン(翡翠)」とはカワセミの古い呼び名。なのでカワセミも同じ字である(カワセミは「魚狗」とか「川蝉」とも書くが)。
なおミヤコショウビンが新種として報告されたのは1919(大正8)年、絶滅種扱いになったのは1937(昭和10)年のことだが、実はそれよりもずっと前の1887(明治20)年に標本が採取されている。しかしこの鳥が確認されたのはその一度きりで、以降まったく音沙汰なしだったため、50年後の1937年に絶滅種として認定された。
分類
ブッポウソウ目カワセミ科・ショウビン亜科・ヤマショウビン属ミヤコショウビン種。
この「ヤマショウビン属」の仲間のうち、グアムやパラオに分布する「ズアカショウビン」という種類がもっとも近いとされ、その亜種になるようだ(他にも「アカハラショウビン」という亜種がいる)。
ちなみにミヤコショウビンの学名は「Halcyon-miyakoensis(ハルシオン・ミヤコネンシス)」というが、この「Halcyon」とはヤマショウビン属の鳥につくフレーズ。普通のカワセミは「Alcedo-atthis(アルセドアティス)」、「カワセミ科」は「Alcedinidae)(アルセディニダエ)」という。
見た目
とってもカラフルな鳥で、頭とお腹側、足がオレンジ(茶褐色)、背中側は深緑、翼と尾羽は藍色。目の上に眉のような白い模様があったのも特徴的。
くちばしはすでに角質の鞘が外れて骨だけになっていたため、正確な色は不明。
姿はアカハラショウビンのオスとよく似ているとされるが、ミヤコの足がオレンジ色なのに対してアカハラは黒いというのが決定的な違い。
また目の横を通る「過眼線(かがんせん)」という黒いラインが背中側まで伸びている(アカハラは後頭部で繋がっている)点と、「眉」はミヤコにしかない点も挙げられる。
幻の鳥
実はこの鳥、発表から100年以上経った現在でもIUCN(国際自然保護連合)は新種と認定していない。そのため、日本のレッドデータブック(環境省レッドリスト)には載っているが、IUCNのレッドリストには一切載ってないという幻の鳥なのだ。
なぜ認定されてないのかって?
こいつの存在そのものが怪しいからである。
といってもちゃんと本物の標本が残されているので、「人魚のミイラ」みたいなでっち上げだとか、UMAのように決定的な証拠がないとか、アンフィコエリアス・フラギリムスのように「証拠品はあったけど現存してない」みたいなことは断じてない。
じゃあなんで認められないの?と言いたくもなるだろうが、それにはこの鳥が発見された経緯を聞いてほしい。
- ミヤコショウビン発見物語
標本を採取したのは田代安定という学者(生没1857~1928)。
彼は民俗学・植物学の専門家で、明治時代当時ほとんど知られていなかった南西諸島(沖縄地方辺り)を探検して双方の分野に大きな成果を残した人物。植物調査のために宮古島を訪れたときの戦利品がこいつなのだ。
そして標本を持ち帰った田代は東京帝大(現東大)の動物学の研究室にこれを保管していたが、多忙なためかそのまま完全に忘れてしまっており、鳥類学者の黒田長禮(ながみち)に発見されたおかげで日の目をみた。
この黒田が「ミヤコショウビン」と名付けて発表した人で、田代が持ち帰ってから彼に見つけてもらえるまでに要した期間は実に30年。よく無事だったものである。
で、その新種報告の際に「本人に聞いてみよう」ということで菊地米太郎という動物学者が田代に連絡を取ったところ、「確かねェ…2月5日に宮古島で採取したんだ」と回答を得た(この当時田代は台湾にいた)。
標本ラベルの産地メモに「八重山産?」と?マークがついているのはそのためだが、採取した年は書かれていない(普通は採取した年も書く)。
- 疑惑
多少不手際はあったがどうにか新種として報告されたミヤコショウビン。しかしここで問題が。
「宮古島で採取した」という田代の証言が怪しいのだ。
もちろん田代が悪意を持ってウソをついた訳ではないので、普通なら「本人が言うなら間違いない!」となるだろう。だがすんなりそうならない事情があった。
1.田代は1887年に宮古島を訪れたが、それと近い時期(89~90年)にグアムに遠征して研究を行った。
2.採取したという2月5日はグアムを出立する前日だった(1月29日から2月6日まで滞在)。
3.グアム周辺に生息しているものとそっくり。亜種なら似ているのも当然だが、これが後に「ただの見間違いじゃないの?」という疑惑も生んだ。IUCNがこいつを新種として認定していないのも、その疑惑のためである。
4.彼以外に証人がいない上、あろうことか詳細な記録もない。報告書にも「鳥類ハ夥多ニシテ繁雑ニ堪ヘザレバ全ク説ヲ省キ…(多すぎてややこしいので説明はカットします)」とバッサリ割愛しており、もはや手がかりなし。
……とまあこんな具合。
これではいかに本人談であろうと「宮古島で採取した」という話を信じる方が難しいだろう。本当に宮古島で採取していたとしても矛盾はしないが、こういうガバガバぶりなので「スゲー怪しいんですけど……」と思われているのだ。
ミヤコショウビン仮説シリーズ
あまりにも謎だらけなのでいくつか仮説が出た。
1.ズアカショウビンの亜種である
ミヤコショウビンが有効な名前として残る唯一の道。細かい違いも「亜種だから多少違って当然」と説明できる。
2.見間違い
標本の個体の性別は不明だが、アカハラショウビンのオスとそっくりなのでその見間違いという可能性はある。迷鳥としてはるばる迷い込んだうっかりさんとか、船旅の間に紛れ込んだとか。
ちなみにIUCNはこの「見間違い説」を支持している。
- アカハラショウビンやズアカショウビンは元々日本にいないので、「1羽採取されたきりでまったく目撃されていない」事はこれで説明できる。しかし彼らはミヤコショウビンと模様が異なっており、それを説明できない点では若干無理があるか。
3.その他
- 雑種or突然変異でたまたま模様が違う個体だった
- グアムで研究してる間に採取したサンプルを宮古島で採取したと思い込んでいただけ
- そもそも標本ラベル自体間違っていた
……こんな具合でとっても謎だらけの鳥。それがミヤコショウビンなのである。
「そんな怪しいラベリング、早く間違いだったってことで抹消してしまえば」と思われるかもしれないが、世の中には標本採取から140年も生きた個体が確認されず、存在そのものが疑われていたオオハシヨシキリという前例もある。ミヤコショウビンも今後生きた個体が宮古島周辺で見つかる可能性もゼロではない…かもしれない。
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