概要
ヴェータラは死体に取り憑いてそれを動かし、怨む者を殺させる鬼神である。
その姿は肌が色黒で背が高く、ラクダのような首、象のような顔、牡牛のような脚、梟のような目、ロバのような耳を持つ異形で、ブータとともに墓場を跳梁する悪霊のような存在といわれる。
なお、ヴェータラは11世紀の説話集「カター・サリット・サーガラ」の物語に登場する以外では、マハーバーラタの補遺「ハリヴァンシャ」やプラーナ文献で僅かに言及される程度である。
ヴェータラが他の悪霊と一線を画す特徴として、しかるべき儀式を行ってヴェータラを供養することで、どのような願いも叶えられるという点が挙げられる。
それゆえにヴェータラという言葉には“死体を動かす呪法”という意味があるとされ、占星家バラーハミヒラの「ブリハット・サンヒター」では、“呪文(マントラ)によって死体を再び起こす呪文”と記されている。また儀式を指す語として『ヴェータラ呪法(Vetaliya、ヴェーターリヤ)』がある。
一方で、ヴェータラ呪法が誤って行われた時、術者は必ず滅ぶとも言われている。
儀式は、黒月(満月から新月に向かう期間)の14日目に深夜の墓地で行われる。術者は四肢に灰を塗り、髪でできた聖紐を首にかけ、白い死装束に身を包む。祭壇には人脂を油とする燈明を灯し、中央に血で塗られ人骨粉で描かれた曼荼羅を、四方に血を満たした水壺を配置する。曼荼羅の上にヴェータラが取り憑くための死体を配置した後、人血を閼伽水として手向け、花で自らを塗香し、焼香として人間の眼球を火にくべて、人肉を供物とする。
ヴェータラの起源はインドにおける原始信仰とされ、シヴァ派やタントリズムに取り入れられた結果、シヴァの眷属とみなされるようになった。
また、ヴェータラの存在は仏教にも伝播しており、仏典、特に密教経典で頻繁に言及され、「毘陀羅成就法(毘陀羅法)」の名で日本にも伝えられたという。
ヴェーターラ・パンチャヴィンシャティカー
上のヴェータラに関わる記述は、「カター・サリット・サーガラ」の第12巻に記されたものである。
「カター・サリット・サーガラ」にはヴァッツァ国王子ナラヴァーハナダッタの生い立ちから半神族ヴィディヤーダラの帝王になるまでの物語を主軸に、数多の挿話が書かれている。
ヴェータラが活躍する12巻は、主人公が聞く「ムリガーンカダッタ王子の従臣が老バラモンから聞いた話」という入れ子構造の挿話で、話中のバラモンもヴェータラ呪法伝授のためという経緯から物語を説く。
トリヴィクラマセーナ王の下に修行僧クシャーンティシーラが果物を10年間受け取り続けることから話は始まる。
ある時、王は今まで貰っていた果物の中に宝石が詰まっていることを知り、修行僧に理由を聞く。修行僧は呪法成就に王の助けが必要であることを打ち明け、黒月の14日目の夜に墓地へ来るよう王に願った。承諾した王は墓地に行き、修行僧から南方に立つ樹の上から死体を運んで来るように依頼された。
王はすぐに樹上から死体を下ろしたが、それにはヴェータラが取り憑いていた。ヴェータラは王に担がれると、道中の慰みに一つの物語を語り出す。物語の最後、ヴェータラは疑問を投げかけ、真実の答えが得られなかった時は王の頭を粉々に砕くと言って・・・
しかし王は必ず正解を返し、そのたびにヴェータラは幻力によって樹上に戻ってしまう。それが24回も繰り返されたころ、ヴェータラは王の智慧と忍耐に感心し、修行僧が呪術の最後に王を殺そうとしていることを教え、王はヴェータラの言葉に従って修行僧を返り討ちにした。
修行僧が死んだことで全地上の帝王の位を王が受け取ることになり、ヴェータラは儀式に従って願いを一つ叶えることを申し立てる。それに対して王は『ヴェータラと自分の24話に及ぶやり取りと結末の1話が有名になること』を願い、ヴェータラは『一連の物語はヴェーターラ・パンチャヴィンシャティカーと言う名で有名になり尊ばれる』と告げて去っていった。
そこにシヴァが神々と共に現れて王を祝福し、ヴィディヤーダラ族の転輪聖王の地位、そしてアパラージタ(無敵)という剣を与えた。
その後、王は剣の力で全地を平らげて転輪聖王の位につき、ついにはシヴァ神と合一した。
この話の後、従臣は呪法を行ってヴェータラを使役して背に乗り、王子の下に辿りついている。
また、第5巻と第12巻には近似する内容の挿話があり、そこでもヴェータラは主人公の勇気や献身に応えて、不治の病の治療や王権の約束を行っている。
以上のように、ヴェータラは鬼神としての性格と共に、本来の信仰される姿、宗教聖典における導師的な一面を備えているのである。
創作での扱い
女神転生シリーズ
初出は『デジタル・デビル・ストーリー女神転生Ⅱ』で、ギリメカテの色違いでエナジードレイン持ちの悪魔として登場。以降作品ごとに姿が違うという変幻自在さを見せていたが、『真・女神転生Ⅲ』以降は、顎から下腹部まで抉れた人型という姿で登場する。
詳細は →幽鬼ヴェータラ
水木しげる作品
『妖怪《世界編》入門』に、インドの人間には姿が見えない死体を操る魔物「ベータラ」として、長い首を持ち頭には帽子、大きい腹には人面がある姿で描かれた。
姿のモデルになったのは、実はバヌアツのニューヘブリデス諸島マレクラ島の民芸である。
もんむす・くえすと!
上記の『女神転生』シリーズの影響を受けたと思われる、腹部に口がある女体化デザインである。見た目のとおり捕食と巨舌の技を最初から使え、噛み付き系の技を覚える。