概要
アクバーラ、アクーパーラとも呼ばれる。インド神話における天地創造神話である乳海撹拌の場面では、攪拌棒に用いられたマンダラ山を、海底から支える役割を果たす大亀(Akūpāra)が登場する。
聖典の一つ『マハーバーラタ』では、その亀はアクパーラとされる。が、ヴィシュヌ信仰が盛んになった時代に書かれた『ラーマーヤナ』では、ヴィシュヌ第2の化身である大亀クールマに役目を譲った。
「古代インドの世界観」
19世紀以降、この神話を元にした、とみられる架空の「古代インド世界観」が流布している。それは輪となった大蛇の上に大きな亀がおり、その背中には複数の巨象がいる。巨象達の背中の上に大地が乗っている、というもの。
この図や、元となるような文献はインド側では確認できない。図として現在たどることができる最古の出典は、1822年出版のドイツの書籍『古代インド人の信仰、知識と芸術(Glauben, wissen und kunst der alten Hindus)』である。研究書のような形式で書かれているが、伝聞や憶測とみられる箇所も多い。
頭のあたりがコブラのように広がる、アナンタを彷彿とさせる大蛇は、自分の尻尾を口でくわえるというウロボロスめいた特徴を持つ。この宇宙図は乳海攪拌神話をはじめとする複数の伝承を混ぜこぜたもののようである。
巨大な動物が重なるようにして世界を支えるというアイデアは中世イスラム世界に流布していた伝説にもある。大地(を支える天使たち)の下に巨牛クユーター(ボルヘスの『幻獣辞典』でクジャタと誤記された)、その下に巨魚バハムートがいる、というもの。千夜一夜物語(アラビアンナイト)第496夜ではさらにその下に海があって、そこに巨大蛇ファラクがいることになっており、かなりそれっぽい。
大地を支える象たち、という概念はインドの文献に登場する。5、6世紀ごろのサンスクリット語辞典『アマラコーシャ』では8頭の世界を支える雄象について言及している。メンバーはアイラーヴァタ(Airāvata)、プンダリーカ(Puṇḍarīka)、ヴァーマナ(Vāmana)、クムンダ(Kumuda)、アンジャナ(Añjana)、プシュパ=ダンタ(Puṣpadanta)、サールヴァ=バウマ(Sārvabhauma)、スプラティーカ(Supratīka)。彼等はアシュターディグガジャ(八の方角の象)と総称される。対となるように世界を支える8頭の雌象も存在。彼女達はそれぞれアブラム(Abhramu)、カピラー(Kapilā)、ピンガラ(Piṅgalā)、アヌパマー(Anupamā)、タームラカルニー(Tāmrakarṇī)、スブラダンティ-(Śubhradantī)、アンガナー(Aṅganā)、アンジャナーヴァティー(Añjanāvatī)という。
『ラーマーヤナ』第40章では別の名前の四頭の象が言及されている。南を支えるマハーパドマ、西を支えるスマナンサ、北を支えるバドラが居り、残りの東はヴィルーパークシャが支える。
象たちを乗せる亀、という部分も一応、証言・報告という形で出典は存在している。16世紀ごろからインドにキリスト教の伝道に訪れた宣教師によるもので、1499年の書簡では「ある者達は大地が7頭の象に支えられ、その象は亀の上に立ち、その亀が何に支えられてるかは知らない」と記されている。時代遅れな異教徒をこき下ろす嘲笑という文脈であり、情報としての客観性・正確性には疑問が残る。
イギリスの哲学者ジョン・ロックが1689年に刊行した著書『人間知性論』でもこの内容が「哀れなインド哲学者」たちが見出した説として言及されているが、インド側に資料が確認できないことから、彼の誤認か、「世界観の作り手」に対する揶揄的な呼称であると考えられる。
著名な哲学者の著作にも登場した事もあり、ヨーロッパの言論界・読書界にはそこそこ広まった話であると言える。ここに更に「亀を支えるウロボロスな大蛇」が加わると、『古代インド人の信仰、知識と芸術』での図が完成する。
後述のように創作に登場するほか、「実際の古代人の世界観」としても認識されており、「人間の知識の進歩」の歴史を語る文脈で紹介されてきた。
2012年、和歌山で開催された「第26回天文教育研究会」において、廣瀬匠氏により『誤解だらけの天文学史 ∼「古代インドの宇宙観」を例に』という研究紹介がなされた。この紹介は2017年にtwitterで取り上げられ、ネット民のあいだで大きくバズることになる。
2016年の「第30回天文教育研究会」では山道千賀子氏と株本訓久氏により「日本における古代インドの宇宙観の普及」として、この世界図の日本における受容について解説がなされた。それによると、1920年が初であるという(参考)。
創作での扱い
上記のようにアクパーラが世界を背負った絵姿は地球が球体の惑星であることを知る以前の古代人の宇宙観の例として、西洋におけるオリエンタリズムの影響もあり近代において広く知れ渡っていた。
そのため創作作品では世界の真の姿として、もしくは非常識な異世界であることを表すガジェットとしてこの姿で登場することがある。
また巨大な亀の幻獣や化身のキャラクターとしても採用されている。
世界
若かりし日のシッダルタがこの世界観を先生から聞いて疑問を抱く。
物語途中で浦島太郎と絡めた世界が描写される。
- サンサーラ・ナーガシリーズ
上記の押井が監修したインド神話風世界をモチーフとしたファミコン用RPG。
上から見るとウミガメの形の周囲が石像に囲まれた「アクパーラ大陸」が舞台で、続編の『サンサーラ・ナーガ2』は巨大な亀の背中に立つシュメールの柱に八つの階層を持つカーラチャクラ世界が舞台だった。
19世紀を舞台としたSFアニメで、フランス出身の発明少年ジャンは科学に夢と理想を抱いていたが、科学が必ずしも人を幸せにしない現実に触れ、オカルトの象徴であるようなこの世界観が入り混じった悪夢を見てうなされる。
所謂テトムとガオレンジャーが住む戦隊基地であるガオズロックと、パワーアニマルたちが暮らす天空島アニマリウムは大きな亀の形状をしている。
イギリスの人気小説家テリー・プラチェット(2015年没)による、大きな亀と4頭の象に支えられた円盤状の世界「ディスクワールド」を舞台にしたユーモアファンタジー小説。
本国では40巻を超すベストセラーでADVゲーム化もされているが、言語の壁と風刺ネタが多いためか日本では数巻が翻訳されるに留まっている。
漫画家山本貴嗣の初期の代表作であるSFコメディ。スペースオペラ的な世界が舞台だが、最終章に古代の宇宙観そのままの宙域に存在するナンセンスな魔法世界「ディッシュランド」が登場した。しかし掲載誌の休刊により、多くの謎を残したまま連載が終わってしまった。(単行本のあとがきでこの宙域の成り立ちと予定されていた展開については言及されている)
科学館等で放映されたプラネタリウム映画『ゴールデンディスクを守れ!』にて、コズミックエナジーが寄り集まったことで巨大な宇宙怪獣として出現。フォーゼに襲い掛かるも、宇宙刑事ギャバンにより倒された。
作品の舞台は宇宙空間に存在する、神の作った聖獣が支えた架空の天体を舞台としたアダルトゲーム。トカゲ、象、ハエ、坊主、オロチ、の5体が世界を支え、これらの老廃物がムシ・サカナといった魂の無い下等生物となっていた。しかしオロチは怠け者で大陸東部を壊してしまい壊れた一部がJAPANとなり、JAPANの浮遊力となったが時折暴れて地震を引き起こしている。
キャラクター
「世界を支える亀アクバーラ」として登場。
背中に甲羅を持ち、羽が生えた小さい象と蛇をまとわせた幻獣姫。
ラスボス「ドン・アルマゲ」の最終形態のミステリーモチーフとされる。
上記のキュウレンジャーをモデルとした「宇宙鬼」のモチーフにもなった。
名前は古代亀ポケモン「アバゴーラ」の、姿は伝説のポケモン「テラパゴス」のモチーフでないかとも言われている。
さらに「ドダイトス」に至っては“大地の下には超巨大なドダイトスが存在している”というこのアクパーラのものとよく似た伝説があることが語られている。
鋼龍の盾斧といわれるチャージアックス「ダオラ=カスカ」が、最強のLv6に強化された「ダオラ=アクパーラ」として登場。
その他
「小中ガメラ」を含む『ガメラ大怪獣空中決戦』の初期案のいくつかでは、完成作品の様な中国神話よりも古代インドを意識した描写が明確に取られており、古代インドの遺跡にてガメラも「地中深くに眠り、世界を破壊から救う為に目覚める大地の神ガメーラ」と呼ばれていた。
関連項目
アトラス ガイア オケアノス ティアマト アウルゲルミル ゲブ