経歴
ポジションは投手。右投右打。
地元・市立船橋高校時代は1年生秋からベンチ入りを果たしていたが、投球フォームは試行錯誤が続き2年生の時にオーバースローからサイドスローへ変更。2007年・3年生の時に夏の甲子園に出場した。
同年オフのドラフト会議にて福岡ソフトバンクホークスと中日ドラゴンズから高校生1位指名を受け、抽選の結果ソフトバンクが交渉権を獲得しプロ入りへ。
先発投手として1年目・2008年から起用されたが、4年目の2011年5月13日にようやくプロ初勝利。同年7月28日にはプロ初完封も決めた。2012年からはチーム事情により、先発だけでなく中継ぎでも腕を振るうようになった。
2017年は年間通して中継ぎで起用され、勝ちパターンの一角として抑え投手デニス・サファテの前、8回で起用。この年は球団記録となる72試合に登板・46ホールドを記録し最優秀中継ぎ投手のタイトルを獲得。ポストシーズンでも好投しチームの日本一に貢献した。
2018年以降、前年の登板過多の影響で右肘の手術「右肘鏡視下滑膜切除術・関節形成術」を受け出番が減少してしまうが、2021年は森唯斗とリバン・モイネロの一軍登録抹消に伴い、一時期抑え投手を任されて手術後最多の48試合に登板を果たした。
2021年12月、又吉克樹のFA移籍に伴う人的補償として彼が選ばれ、中日ドラゴンズへの移籍が決定。14年越しの「中日指名」となった。
2022年3月、開幕2戦目の読売ジャイアンツ戦(東京ドーム)で移籍後初登板を果たしたが、先頭のグレゴリー・ポランコにストレートの四球を与えたところで肘に違和感を感じ緊急降板。「右前腕屈筋損傷」と診断され、9月に右肘の手術「右肘内側側副靱帯再建術」(=トミー・ジョン手術)「右肘関節内クリーニング術」「前腕屈筋補強術」を受けた(実戦復帰に時間が掛かるため、シーズン終了後一旦育成落ち)。
2024年6月4日、育成選手から支配下登録。翌日の古巣・ソフトバンク戦に4番手で登場、1回無失点で復帰。
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岩崎翔:表記揺れ。常用漢字体「崎」にしたもの。