概要
大日本帝国海軍が建造した駆逐艦の艦型の一つ。全部で10隻建造された。
ロンドン海軍軍縮条約下で発生した友鶴事件、第四艦隊事件で初春型のトップヘビー・船体強度の不足という問題が発覚した後、続く白露型駆逐艦で主要な問題を解決したものの海軍の要求には満たない部分があり、条約明けを待って海軍の要求を満足させる艦隊型航洋駆逐艦として建造されたのが本型である。
条約を考慮せずに済んだため、船体は特型駆逐艦並の大型のものとなり(艦の強度を確保するために排水量は特型より増大している)、大型化された船体に無理のない配置で重兵装の搭載を実現した。
このほか、試験的とはいえ、日本海軍の駆逐艦として初めて交流電源が採用されたのも本級である。
1937年8月 ネームシップの朝潮がエンジンブレード破損事故を起こし1938年1月の臨機調(委員長山本五十六海軍次官)で原因が究明され、改善及び次級の甲型駆逐艦(陽炎型)にも反映された。
駆逐隊は型番の上から順に次のように構成された;
朝潮型駆逐艦は最終的に、1945年の天一号作戦に参戦した霞を最後に10隻すべてが戦没した。なお1943年にネームシップの朝潮が戦没したこともあり、その年からは「満潮型駆逐艦」に改定されている。
蛇足だが9番艦の霞と10番艦の霰は、資料によっては逆(霞が10番艦)になっているものもある。
その名を継ぐ者たち
戦後、日本海軍の後継組織でもある海上自衛隊では、初の国産護衛艦であるはるかぜ型護衛艦が開発されるにあたり、朝潮型の要素が取り入れられた。はるかぜ型の船体は白露型にギアリング級の長所を取り入れたものだが、白露型は直流電源だったため、交流電源が用いられたこちら朝潮型の技術も土台になっているという。
その海上自衛隊では・・・
・「朝潮」「大潮」「満潮」「荒潮」は潜水艦に受け継がれた。
朝潮・・・あさしお(Ⅱ)型、はるしお型→あさしお(Ⅲ)型「あさしお」
大潮・・・おおしお型(1隻のみ)「おおしお」
満潮・・・あさしお(Ⅱ)型、おやしお型「みちしお」
荒潮・・・あさしお(Ⅱ)型、はるしお型→あさしお(Ⅲ)型「あらしお」
・「夏雲」「峯雲」は「みねぐも」型護衛艦(全3隻、退役)に、「山雲」「朝雲」は「やまぐも」型護衛艦(全6隻、退役)に受け継がれた。
2017年3月現在、現役は新おやしお型潜水艦3代目「みちしお」のみである。
関連項目
夕雲型駆逐艦:朝潮型で試験採用された交流電源を本格採用した駆逐艦。全19隻。
陽炎型駆逐艦:朝潮型と夕雲型の過渡期に19隻が建造された駆逐艦。艦内の電源は白露型までの直流に戻されたが、直流電源の駆逐艦は本型が最後となっている。