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秋月型駆逐艦

あきづきがたくちくかん

日本海軍の駆逐艦の艦級の一つ。防空駆逐艦。
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艦隊これくしょん』に登場する、この型をモチーフにした艦娘のグループについては、「秋月型」を参照。

説明

秋月型駆逐艦とは、旧日本海軍駆逐艦の艦級の一つ。別名を乙型駆逐艦と言う。
第二次大戦直前の日本海軍は甲乙丙3種の駆逐艦を構想していた。

  • 甲型:在来の水雷戦隊用駆逐艦の延長上にあるもの。陽炎型とその小改良型夕雲型
  • 乙型:戦艦や空母を護衛する対空駆逐艦。
  • 丙型:水雷戦隊用駆逐艦の大改良型。試作として島風が建造された。

(のちに戦時量産型である丁型が追加された。松型とその小改良型橘型のことである。)

乙型の仕様は水雷戦に重きをおいた従来型の駆逐艦とは一線を画した異端的なもので、駆逐艦というよりむしろ対空護衛艦(戦後のむらさめ型護衛艦(初代)などがこれに区分された)の先駆けと言うべき性格の艦であった。当初は対空護衛専門艦(「直衛艦」と称された)と構想されていたものに魚雷を装備して汎用性(敵は飛行機ばかりでない)を与え、駆逐艦の建造枠に組み込んだのが乙型だからである。

兵装と機関

秋月型の主兵装は新型の対空砲である「65口径九八式10センチ高角砲」(高角砲は海軍用語)と、これを制御する高射管制装置である。この砲を秋月型は連装4基8門積み、最新鋭の九四式高射装置1基で制御した。

いままでの駆逐艦の主砲であった50口径三年式12.7センチ砲は水上目標に特化しており、対空戦闘ではほとんど無力だったのに対し、秋月型は、在来の40口径12.7センチ高角砲より新型の65口径九八式10センチ高角砲を主砲としていた。この砲は砲身が長く恐るべき初速を持つ。タマが飛んでいる間にも的(飛行機)は動いているので、タマのスピードが遅ければ遅いだけ先読みが必要になりなかなか当たらなくなってしまうのである。40口径12.7センチ高角砲と比較すると、最大射程、最大射高ともおよそ1.4倍に達した。また、手数も改良され毎分15発程度の射撃が可能だった。

魚雷発射管も甲型の半分とは言え装備し、仮に巡洋艦や戦艦が迫ってきても対抗できる。

開戦後大型の対空電探を追加搭載した。日本海軍の駆逐艦で装備したのは秋月型のみである。

これだけの装備を積み込んで、排水量は軽巡洋艦天龍型夕張に近い2,700トン(基準)に達した。夕張以降の巡洋艦に採用されている「誘導煙突」を、駆逐艦としては唯一採用したため遠目には夕張に酷似した艦容となり、本型に遭遇した米軍は「日本海軍は夕張型を量産している」と誤解したという。速力も33ノットと駆逐艦としては比較的低速になってしまったが、実戦では大きな支障はなかった。

主缶は従来の海軍艦艇と同じロ号艦本式缶であるが、機関配置は、左舷側タービンと右舷側タービンを分離配置するという従来と異なる方式をとった。のち松型駆逐艦が採用するシフト方式ほどではないが、生存性の高い形式である。

開戦に伴う建造期間短縮の必要性から、同型艦であっても建造時期によって艦首の形状が異なっている(複雑な曲面を持つ形状から製造が容易な単純な直線形状に変更されている。この仕様は丁型駆逐艦にも用いられている)。そのため、非公式な呼称ながら冬月以降を「冬月型」、さらに花月を(計画番号上花月に先行していた未成艦の満月の名から)「満月型」とする分類も存在している。

同型艦

秋月型駆逐艦『秋月』以下、建造された同型艦は12隻である。
その後、マル急計画では清月、大月、葉月の三隻が計画されていたが、戦局の悪化で建造が中止された。さらに、改マル5計画では、山月から早春までの計23隻が計画されていたが、所要資材の入手難により、工事が中止された。

秋月(あきづき)
照月(てるづき)
涼月(すずつき)
初月(はつづき)
新月(にいづき)
若月(わかつき)
霜月(しもつき)
冬月(ふゆつき)
春月(はるつき)
宵月(よいづき)
夏月(なつづき)
花月(はなづき)


戦歴

1942年6月に竣工した秋月を筆頭に12隻が第二次世界大戦に参加、ソロモン方面の激闘にも他の駆逐艦同様に加わっている。マリアナ沖海戦レイテ沖海戦では空母の護衛を務めた。戦艦大和の最期となった坊ノ岬沖海戦にも冬月涼月の2隻が参加し、生き残っている。

戦後

終戦時まで涼月、冬月、春月、宵月、夏月、花月が生き残った。
終戦時まで防空砲台として使用されていた涼月と冬月は1948年解体。船体は共に福岡県若松港の防波堤となり、軍艦防波堤と呼ばれた。
春月、宵月、夏月、花月は復員輸送に従事後、1947年に戦時賠償艦として引き渡される。
春月はソ連へ引き渡され、駆逐艦「ヴネザープヌィイ」として短期間運用されたのち、練習艦「オスコール」として1955年まで運用、その後標的艦や海上施設として運用、1969年6月4日に除籍され解体。
宵月は雪風と共に中華民国に引き渡され、中華民国艦「汾陽」と改名となるが、機関の調子が悪いため実質運用はされていない。1963年に除籍、解体。
夏月はイギリスに引き渡されるが、直ちに浦賀船渠に売却、解体。
花月はアメリカに青島で引き渡され、調査された後、1948年2月3日に五島列島沖で実艦的として処分された。

また秋月型駆逐艦の艦名は戦後も海上自衛隊の護衛艦にも引き継がれており、1960年就役の2代目あきづき型護衛艦全2隻と、2012年より就役した3代目あきづき型護衛艦全4隻がある。
両方とも広域防空能力と対潜戦能力を与えられていて、特に防空能力は3代にわたって受け継がれている。

  • 2代目あきづき型(退役済み)
あきづき(DD-161)
てるづき(DD-162)
  • 3代目あきづき型(2017年現在現役)
あきづき(DD-115)
てるづき(DD-116)
すずつき(DD-117)
ふゆづき(DD-118) ※読み方が「ふゆき」に変わっている。

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