信仰対象の空飛ぶスパゲッティ・モンスターについては親記事を参照。
本項目では思想、運動についての「空飛ぶスパゲッティ・モンスター教」について解説する。
概要
空飛ぶスパゲッティ・モンスター教とは、空飛ぶスパゲッティ・モンスター(以下SPM)が世界を創造し、生物進化を誘導したと信じるパロディ宗教。
アメリカ合衆国の教育現場にねじこまれかけている(現在進行形である)インテリジェント・デザイン論(要は「人間の誕生はあまりにも出来すぎている、高次の設計者=神がいないと説明がつかない」という説以下ID論)の対抗馬として「その"高次の存在"は神ではなく空飛ぶスパゲティ・モンスターである」「神?そんな証拠がどこにある?」「スパゲッティ・モンスターであるという証拠?ねえよ。「神様が人間を作りました」って説と一緒だね(ニッコリ」という皮肉として登場した。
生物進化以外の現象にもSPMは干渉している。例えば古代人の背が現代人より低い傾向にあるのは、SPMのヌードル触手が上から押さえ付けていたからに他ならない。
SPMのほか海賊の存在も重要である。海賊の減少により大地震が増加し、地球温暖化が起こり、ハリケーンの被害も増大した。男性の乳首は痕跡器官ではなく、海賊が気温や風向きをみるための器官である。
こうした素っ頓狂に見える「教義」もまた、トンデモや陰謀論で使われているロジックをパロディしたものである。
空飛ぶスパゲッティ・モンスターが描かれた例の絵画は「アダムの創造」のパロディー。
パロディで神と宗教を創作する、というやり方については「重大な冒涜」であると言われたりした。また、ID論の代表的理論家がマジ切れした。
テキスト
教典は開祖のボビー・ヘンダーソンが著わした『空飛ぶスパゲッティ・モンスターの福音書』。ただし福音書や他の聖典と異なり、現代的な記事のような色んなスタイルのテキストのアンソロジーという形式になっている。
他のパスタファリアン(スパモン教徒)たちが編んだ『The Loose Canon』という209ページからなる聖典もある。こちらはOld PastamentとNew Pastament(旧約聖書と新約聖書を意味するOld TestamentとNew Testamentのもじり)の二部からなり、聖書の文章を模したような、より「宗教の聖典」らしいつくりになっている。
「Loose Canon」とは、「(縄による縛りが)ゆるい大砲」の意。昔の戦艦用の大砲には、車輪つきの荷台に乗ったようなタイプがあった。こうした大砲は船内に運び込まれた後ロープで結びつけられて固定されるのだが、これが切れたりゆるんだりして外れると、鉄の塊が乗った車が波で傾き揺さぶられる船の中をデタラメに動き回るという危険な状態になる。
転じて「何をしでかすかわからない人間」「制御不能の危険人物」を指す慣用句となった。
ちなみにアルファベットでは聖書の正典(カノン)も「Canon」と綴る。「ゆるい正典(聖典)」と「Loose Canon」をかけている、というわけである。
歴史
誕生の契機
アメリカ合衆国は政教分離をとる国であり、教育現場においても特定宗教への肩入れは許されない。
そこで科学教育においては、学問的に評価の定まった進化論を教えている。
理科の時間に聖書、キリスト教の『創世記』に基づいて人類の祖はアダムとイブである、と教える事は行われない。
それは科学的根拠を持たず、合衆国の方針としても科学の学説として教えることはできない。
それでも進化論を子供に学ばせるのが嫌なら、ホームスクールという方法も認められてはいる。
が、この状況に米国キリスト教界の少なからぬ宗教的保守派は不満を抱いていた。
ID論は進化という現象は認める代わり、そこに「インテリジェンス(知性)を持ったデザイナー」の影響があるとする。
これを用いて実質的に「神」を科学教育に滑り込ませるという試みが存在する。ID論自体には同意しない人にとっても、これを科学教育の場で教えさせる事ができれば、「創造主」の完全排除は防げる、というわけである。
アメリカを揺るがすこの運動にボビー・ヘンダーソンという男性が立ち上がった。彼は「預言者」を名乗り、空飛ぶスパゲッティ・モンスターが生物進化に関わった事も学校で教えるべき、とジョークで語った。
創世記に基づく創造論やID論を学校で教えよ、と主張する人々は「進化論と一緒にこれを教えるのが中立的立場だ」という一種の「両論併記」のロジックを用いていた。
ヘンダーソンはそこを突いて「じゃあ、その中にSPMの干渉があってもいいよね」と科学的根拠のある説と無い説を「両論併記」するナンセンスさを暴いたわけである。
彼は「預言者」を自称したが勿論これもジョークであり、空飛ぶスパゲッティ・モンスター教はあくまでパロディ宗教であった。
しかしジョーク宗教として始まった空飛ぶスパゲッティ・モンスター教はこの後異様な展開を遂げる事になる。
宗教団体として各国で認可されるパロディ宗教
空飛ぶスパゲッティ・モンスター教の支持者の中に、スパモン教をキリスト教のような実際の宗教のように宗教団体として各国の政府に申請する人々が現れた。
オーストリアでは宗教団体でないとして拒否されるが、オランダでは許諾され宗教団体として扱われている。
ニュージーランドでもこの申請が通り、公認された宗教団体として「パスタ婚」という宗教的結婚式を執り行った。
宗教団体として国や自治体に認められる、という事はどういうことか。それは宗教という事情ゆえの特別な権利が認められるという事である。
例えば、宗教団体(宗教法人)として認可された場合、様々な国において税制面での優遇がある。
スパモン教徒たちはこれを用い、多民族・多宗教社会において極めてデリケートな領域にも手を出している。
パスタ用の湯切りザルを被った免許証写真
他国で宗教団体申請がなされているのと同時進行で、アメリカ合衆国やカナダで湯切りザルをかぶった免許証写真を提出するスパモン教徒が現れる。
それらは一度は却下された。公的な免許証の場合、頭部の大部分を覆う装身具や被り物を着用する事は許されないためである。
だが、彼らはこの却下を不本意とし、「宗教上の理由で認められるべき」と異議を申し立てる。
宗教上の理由であれば、被り物などは許可される。イスラム教徒の女性(ムスリマ)のヴェールはその代表例である。
宗教的アイデンティティなら尊重し、顔が完全に隠れるブルカではなく、隠れないヒジャーブなら許可は下りる規定であった。
スパモン教徒はそれに乗じて、自分たちの「宗教上の理由」も認められるべき、と食い下がった。
アメリカの事例ではいったん申し出を退けられたスパモン教徒女性に大規模な世俗主義団体「アメリカ・ヒューマニスト教会(AHA)」が加勢。
AHAお抱えの法曹部門の働きもあってか、免許センターは最終的に彼女の要求を呑むことになった。
公共の領域における宗教の排除、という点で争いがある事でフランスが有名だが、こちらでは頭にターバンをしたシク教徒男性がその写真を免許証に使う事も否定された。
ムスリマのヴェールもシク教徒男性のターバンも本人たちにとっては生き方、アイデンティティの根幹としての宗教と深く結びついたものである。
それだけにこれを着用する権利は強く求められ、それを是としない法との衝突を生んでいる。
湯切りザルをかぶった免許証写真はこの件で全く外野の人々(創始者自身がジョークとして創作した宗教の自称「信者」)が勝手に騒ぎを起こした、という形である。
では創始者のボビー・ヘンダーソンは免許証写真に湯切りザルを被ったものを使う事をどう思っているのか。
公式サイトで彼はこれが認められた例を「Good news」と呼んだ。
彼はまた、スパモン教を宗教団体として認めさせる事にも肯定的である。
彼は(自分が作った以上)ジョークと分かり切っている架空の宗教と実際の宗教を同列に扱う事を肯定している事になる。
また、これは逆に言えば「科学的根拠のない宗教全般」や「客観的証明方法がない性自認」に対する法的厚遇を認めるべき度合いの一種の限界点を探る試みであるとも言える。
空飛ぶスパゲティ・モンスター教なるふざけた宗教に対する厚遇を許したくないのであればその他の事柄についてもそう考えるべきであり、他を特別視するのは間違っているし、逆に自身の所属する何らかのコミュニティに対する厚遇を求めたいのであればそこにスパゲティ・モンスターがいても許容しなければならないし、スパゲティ・モンスターを排斥するのは間違っている
無関係のものが見ればスパゲティ・モンスターも神も性自認も大差ないのだから