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長崎高資

ながさきたかすけ

鎌倉時代末期の武士(メイン画像の顎髭を生やしている方)。北条得宗家に仕える御内人で高時に仕えた内管領。

概要

生年不明。元弘3年/正慶2年5月22日(1333年7月4日)没。
長崎円喜の嫡男。正和5年(1316年)頃に父から内管領の地位を受け継ぎ、権力を握った。
得宗北条高時に実権はなく、元弘元年(1331年)、高資の専横を憎んだ高時によって謀殺が企図されたが詳細はわかっておらず、このことからも長崎氏の権勢が主君・高時をも上回っていたことがわかる。
元弘3年/正慶2年5月、反旗を翻した新田義貞に鎌倉を攻められた際に北条一族、父、嫡男・高重らとともに鎌倉・東勝寺にて自害し、運命を共にした。

関連項目

鎌倉時代 内管領 執事 北条高時
西岡徳馬・・・大河ドラマ太平記』における高資役。なお、西岡氏は『太平記』から10年後に放映された高時の祖父が主役のドラマで足利家の殿を演じている。

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