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太平記

たいへいき

日本の古典文学作品。あるいは、同作品を原作としたNHK大河ドラマ等の諸作品。 「太平記」という作品名は戦乱の世が終わり、太平の世が来ることを願って名づけられたとも言われている。
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日本古典文学作品。全40巻。鎌倉時代末期から鎌倉幕府滅亡、建武の新政南北朝並立を経て室町幕府第3代将軍足利義満・管領細川頼之の就任までの約半世紀を描く。

吉川英治が古典としての太平記とその時代を題材として著した「私本太平記」を原作として1991年に放映されたNHK大河ドラマも同題名である(本記事後半で説明する)。

内容と享受

内容は3部構成で、後醍醐天皇の即位から鎌倉幕府の滅亡を描いた第1部(巻1~11)、建武の新政の失敗と南北朝分裂から後醍醐天皇の崩御までが描かれる第2部(巻12~21)、南朝方の怨霊やその化身である天狗の跋扈による室町幕府内部の混乱を描いた第3部(巻23~40)からなる。本筋から外れ和漢の故事を語る脱線に及ぶこともしばしばあり、「呉越合戦」「漢楚合戦」のエピソードは特に長大なものである。後世には太平記読みによって人口に膾炙し、江戸時代には多くの歴史小説に影響を与えた。

作者は不明である。北朝公家日記に「太平記の作者小嶋法師が世を去ったと伝え聞く、卑賤ながら名匠と評判の人物であった」(『洞院公定日記』)とある。しかし、岩波文庫版『太平記』の解説はこの小嶋法師なる人物が単独で書いたのではなく、複数の作者が書き継いだと考えている。そこには小嶋法師を代表とする寺院で芸能として太平記を語り演じていた僧侶たち、楠木正成の伝説を語る宗教・芸能系の民が含まれ、さらには後述するように室町幕府関係者も編集にかかわっていたとのこと。また同解説は、太平記でその活躍が大きく描かれるが史実の建武政権には記録がなくその人物像に架空性が強い児島高徳と、小嶋法師とが同一人物である可能性にも言及する(『太平記(1)』解説)。余談ではあるが、『平家物語』も多くの琵琶法師が語り継ぐことにより、物語がより洗練されたともいわれている。
また、21巻以前では基本的には儒教的史観を元にしているが、23巻以降では怨霊と化した後醍醐天皇が暴れ回るなど作風がガラリと変わっている。22巻が逸失していることを含めて、「21巻以前と23巻以降は作者が異なり、23巻より後は21巻までの内容に不満を持った別人が付けたしで書いたのではないか」と主張する者もいる(井沢元彦『逆説の日本史』)。

本作は作者の儒教的価値観と仏教的世界観、南朝擁護の姿勢が強く出ており、当時の下剋上の風潮に対しても否定的である。しかし、後醍醐天皇は作中で徳を欠いた天皇として描かれている。具体的な描写から作者の世界観の例を挙げると、巻二七「雲景未来記事」には、貞和五年に将軍足利尊氏関白二条良基、天台座主となった高僧も見物していた四条橋勧進田楽において、桟敷が倒壊して多くの死者がでた事故が記されている。『太平記』はこの事故について、卑しい地下人や商売人に武家・公家・寺家の貴人まで混じって見物した為、八幡神武家の守護神)・春日神摂関家藤原氏の守護神)・山王権現天台宗延暦寺の鎮守神)の怒りを受けたのだ、と説明する。バサラと呼ばれ、貴賤を一体化して民衆にも開かれた当時の文化に対して、伝統擁護の姿勢を強く打ち出していると言えよう(村井章介『分裂する王権と社会』)。

北朝方・室町幕府の名将・今川貞世が著した『難太平記』にも、太平記成立の手がかりがある。例えば「(太平記の)作者は宮方深重の者にて無案内にて押てかくの如く書たるにや」という記述が見られる。この一文について、太平記が南朝寄りの立場で書かれているという解釈もあるが、南朝の情報に詳しいが北朝や武家に作者が疎いことを批判しているともされる(新田一郎『太平記の時代』)。また新田によれば、北朝の政治家・足利直義の命令で太平記の誤りを修正する事業も着手されたという。つまり、太平記の一部は足利直義の生前に成立していたらしい。また作者側への資料の提供や幕府からの訂正命令、また個人的に自分の功績を加筆するように求めた人も多かったようで、貞世に言わせれば「この記は十が八、九は作り事にや」「人々の高名などの偽り多かるべし」という(『太平記(1)』解説)。
しかし、森茂暁の著書『足利直義』によれば、『太平記』には直義が兄・尊氏を朝敵へと貶め、護良親王、成良親王ら後醍醐帝の皇子を暗殺した張本人として描かれ、南朝方の怨念を一身に受けることによって観応の擾乱を起こして滅亡したとあり、直義を一番の悪役に据える意思が室町幕府にはあったのではないかとの説も提起されている。

皇室が持明院統の北朝と大覚寺統の南朝に別れて政治抗争の前面に出ることや敵味方が簡単に入れ替わるなど複雑極まる情勢変動が続いた時代を扱うことから、特に戦後においては映像化の例は少ない。数少ない例外の一つが、次に述べるNHK大河ドラマの『太平記』である(ただし原作は古典太平記そのものではなく、古典太平記を題材にした吉川英治の歴史小説)。

大河ドラマ『太平記』

1991年1月6日から12月8日までの全49回に渡ってNHKで放映された大河ドラマ。原作の「私本太平記」と同じく、後に室町幕府の初代・征夷大将軍となった足利尊氏主人公とし、鎌倉幕府の滅亡から南北朝の戦乱に至るまでを生き抜いた尊氏の一生を中心として、動乱の新時代を描く。

あらすじ

時は鎌倉時代の末期、諸国に悪党が出没し、鎌倉幕府を支配する北条得宗家は庶民の暮らしを顧みずに奢侈に溺れ、世情は大いに乱れていた。源氏の流れをくむ有力御家人足利氏は、先代の足利家時の代に北条氏によって謀反を疑われ、家時は自殺に追い込まれる。足利家には家時の遺した置文が秘蔵されていた。すなわち、「我が死にあたって子孫に託す。遠祖・源義家公は七代後に生まれ変わって天下を取る、と言い残した。されど七代後の当主たる我には徳がなく夢も破れ、僅かに家名を保つためここに一命を捨てる。我が子孫よ、我に代わって天下を取り、遠祖の遺志を成し遂げよ」。物語の冒頭では、北条氏に追われた落ち武者とその妻や幼子たちが足利家の館に逃げ込んでくる。追手は足利家が落ち武者を匿うことを許さず、女子供に至るまで皆殺しにする。阿鼻叫喚の中で当主・足利貞氏は一人の少年を救いだし、北条氏の追及に抗して育てた。

少年は一色右馬介という名を与えられ、幼い足利氏御曹司、足利尊氏の守役となった。尊氏は勇敢な少年であったが、身分を問わずに他人に優しさを示す不思議な少年であった。尊氏は冒険心に任せ、弟の足利直義を連れて、当時霊験が評判であった社の奥殿に忍び込む。期待して忍び見た御神体は、しかしただのつまらぬ木切れであった。尊氏は、見かけに惑わされず本当に美しきものはこの世にないのだろうか、と思い悩む。そこに近隣の貧乏な若侍、新田義貞が現れる。義貞は「たとえ落ちぶれても、我等は源氏、北条は平氏。源氏は平氏の犬となってはならぬぞ」と言い捨てて去った。

尊氏は長じて北条得宗・鎌倉幕府・14代執権・北条高時、その重臣・長崎円喜の暴政に触れ、また京都にて後醍醐天皇と出会ってついに本当に美しきものを知ったと感じる。美しき北条氏の姫君・赤橋登子との縁談が持ち上がる一方で、猿楽一座の藤夜叉という娘と後の足利家動乱の源となる運命の出会いを果たす。野心ある御家人・佐々木道誉が動き出し、また後醍醐帝の使者は兵法に名高き河内の悪党・楠木正成 へと味方するように働きかける。新しい時代を導く激動が、世に訪れようとしていた。

ドラマ中の主要登場人物とキャスト

適宜、史実や原作小説との違いなどをユルめに解説

足利一門・北朝方

  • 足利尊氏真田広之 衰退した源氏嫡流、足利氏の若君。原作小説よりも無鉄砲さと心優しさが強調され、罪失くして殺された貧民らの死に怒って北条の家人たちと斬りあうことも。後醍醐天皇にも本心では忠臣でありたかった心情が描かれる。
  • 足利直義高嶋政伸 尊氏の弟。史実では冷徹な政治家として知られるが、ドラマでは尊氏よりも激情家として描かれ、北条氏との対決を迫る。兄が源氏の棟梁として君臨することを誰よりも願っていたが・・・
  • 足利貞氏緒形拳 尊氏の父で当時の足利氏当主。源氏の嫡流として高い官位を得ているが、実際は北条得宗家に常に謀反を疑われ屈従を強いられる。躊躇いもなく北条氏に従う呑気さに尊氏は怒りを覚えるが、やがて父の意外な真意を知ることになる。
  • 赤橋登子沢口靖子 和歌を愛する穏やかな北条氏の名門赤橋家の君。北条・足利両家の平穏の為に尊氏の正妻となり、次々と困難に襲われる尊氏を支えるが、やがてそれは実家北条氏の危機へと結びついていった。長子が足利義詮、後に初代鎌倉公方となる足利基氏は次男。孫は一休さんの将軍様こと足利義満であり、つまり歴代室町幕府将軍家の母に当たる。
  • 藤夜叉:宮沢りえ 猿楽花夜叉一座の白拍子。旅先にて出会った尊氏と恋に落ち、その庶子を生む。不遇な生涯を強いることになった尊氏を、それでも恨まず慕った健気な娘。この息子は足利直冬となり、後年の尊氏を苦しめる強敵となってしまった。原作小説で創作されたオリジナルキャラクター、古典太平記でいう直冬の母越前局のこと。
  • 足利義詮片岡孝太郎 幼名は千寿王。尊氏の三男で、登子の長男にあたるため、嫡男・二代将軍となる。凡将として描かれ、叔父・直義や異母兄・直冬と仲が良くない。しかし尊氏の死期が迫るにつれ成長がみられる。
  • 足利直冬筒井道隆 幼名は不知哉丸、尊氏の次男にあたる藤夜叉の子。平和な庶民としての暮らしを両親から望まれていたが、本人は武士に憧れ、特に悪党を討伐する「足利の大将」に強く憧れる。後に叔父・直義の養子となる。
  • 一色右馬介:大地康雄 吉川版原作から登場する、尊氏第一の側近。具足師柳斎と名を変えて藤夜叉母子を警護したり、忍びとなって諸国を偵察したり、ほぼ全編に渡って活躍する。というかその体術、実際ニンジャです。ニンジャナンデ!? 史実での事績は名前を除いて不明な点が多い。
  • 高師直柄本明 足利氏代々の重臣。人畜無害なナマズ顔をしたドS。尊氏の覇権に貢献する一方で、乱世の種も振り撒く男。いつも尊氏の傍に控えているが、その発言は全然控えていない
  • 高師泰塩見三省 師直の兄弟。歴史書には兄とも弟とも書かれておりハッキリしない。師直とともに直義と対立し、観応の擾乱を起こす。
  • 佐々木道誉陣内孝則 風流を愛する文化人にして、ばさら大名と恐れられる幕府御家人。「ばさら(婆沙羅)」とは当時の言葉で、権威を無視した派手で自由なありさまを指す。道誉はその代表格の一人で、治世も乱世も婆沙羅な陰謀で生き抜く怪物。思うところあって寝返り御免の一言でそれまでの味方を斬りまくり皆殺しにして尊氏軍の勝利に貢献したり、良いのかそれで?wあしかがどのおおおお!わははははははは!!もはや無敵である。
  • 赤松円心渡辺哲 鎌倉幕府討伐に功をあげる武将の一人。護良親王率いる反・尊氏派の一員として行動していたが、建武の新政における恩賞の少なさを親王が理解してくれなかったことに不満を抱き尊氏派に寝返る。尊氏が北畠顕家に敗れ京を追われると播磨で新田・楠木両軍を足止めし、尊氏軍が盛り返してくるまで耐え続けた。
  • 細川顕氏森次晃嗣 反・師直派として直義と行動をともにしていたが、尊氏派に寝返った。というか、尊氏の大胆不敵すぎる言動に飲まれて服従してしまった犠牲者。細川家庶流の武士で、こっそりその子孫(途中で養子を挟むが)に熊本藩主細川家とか某元首相がいる。
  • 吉良貞義山内明 足利尊氏にも重んじられた一門の長老。元寇のおりにも出陣した。劇中ではそれまで無名であったのに20話にてわりと唐突に登場する。これは当時の足利家の仕組みに起因する。足利家の勢力は本拠地・下野国では足利荘等に限られ、鎌倉でも屋敷を構えているだけだが、守護を務める三河国には多くの一族が住み、領地を有している。貞義は劇中では出番の少ない三河国在住足利勢力のまとめ役的位置づけのようである。
  • 光厳上皇辻輝猛 北朝持明院統)の治天の君。つまり足利家を逆賊ではなく幕府であると保証してくれるスポンサー様。南北朝の戦乱の中で武家と渡り合って皇統を守った功労者にもかかわらず、大人の事情から系図上に第97代天皇ではなく「北朝①」とか書かれる不運な人。ドラマ中でも、敵である後醍醐帝を弔いたいという尊氏の提案を称賛した寛大な君主なのに、尊氏には「やはり後醍醐帝には及ばぬ」とか言われてしまう不幸な上皇様。
  • 西園寺公宗:長谷川初範 持明院統側の公家関東申次として鎌倉幕府と協調し、後醍醐天皇側と対立。ドラマでは、持明院側として戦って笠置陥落後に上京した尊氏を「アイサツが遅すぎる」と嘲笑し、尊氏の持明院統嫌いと後醍醐天皇萌え・・もとい後醍醐天皇支持を決定づける。


皇室・南朝方

  • 後醍醐天皇片岡孝夫 若き日の尊氏も惚れ込む鷹揚な君主として描かれる。しかし、鎌倉幕府を倒して実権を取り戻そうとする執念は、後に尊氏との深刻な対立をもたらす。
  • 護良親王堤大二郎 後醍醐天皇の皇子で大塔宮と呼ばれ、天台座主(上級貴族や皇族が就任する比叡山延暦寺の最高指導者)も務めた。鎌倉幕府討幕直後から尊氏を敵視しており、父に宥められて征夷大将軍に就任する。しかし、阿野廉子と対立して・・・
  • 阿野廉子原田美枝子 後醍醐天皇の愛妾で隠岐流罪の時も同行した猛女。しかし政敵には容赦をせず、というか容赦しなさすぎて、護良親王の悲劇、足利尊氏の離反、後醍醐天皇の失脚、どれもだいたいこいつのせい
  • 新田義貞萩原健一根津甚八 足利氏と同じく源氏の血筋にある新田氏の若き後継者。尊氏に源氏の誇りを取り戻させたライバル。本来は足利氏よりも源氏の嫡流に近い家柄なのだが、北条氏と対立して貧乏侍に落魄していた。おまけに演ずる萩原健一は病に倒れ、根津甚八に交代した。何という悲運フラグ
  • 脇屋義助石原良純 新田義貞の実弟。兄・義貞を補佐して北朝軍と戦う。兄が金ヶ崎城で討死した後も新田軍残党を率いて北朝軍と戦い続けた。
  • 楠木正成武田鉄矢 後世に名を轟かせた名将、戦前教科書を彩った南朝の大忠臣。ドラマでは、平和を愛する農家のオッチャン。後醍醐天皇の使者にも予想される戦乱で苦しむであろう農民たちの立場を憂いてなかなか動こうとしない。しかし一たび天皇の為に挙兵すると、約を違えず非業の戦死を遂げるまで戦況劣勢な後醍醐天皇を支え続けた。尊氏とは互いに力量を認めあっていた。「冠者は 妻設けに 来んけるはぁ~♪」「お見事!疑うに及ばず!」
  • 楠木正季赤井英和 正成の弟。尊氏の実力を認めている兄・正成とちがい、護良親王に次ぐ尊氏嫌いであり、後醍醐帝に忠誠を尽くす兄とともに湊川の戦いで壮絶な討死を遂げた。演じている人の前歴のせいか、敵兵を殴り倒すシーンが話題になった。
  • 楠木正行中村繁之 正成の長男。父が大楠公と呼ばれるのに対し、正行は小楠公と呼ばれることとなる。湊川の戦いを前に父・正成に会い、別れを告げるシーンはあまりにも有名。父の死後、弟・正時とともに北朝軍と戦うも、四条畷の戦いで壮烈な討死を遂げる。彼の死により北朝軍はそのまま吉野へと侵攻、南朝方はさらに奥地の賀名生へと落ち延びる事となる。
  • 北畠親房近藤正臣 後醍醐天皇に仕える南朝方の重鎮。『神皇正統記』の作者として知られる。顕家の父であり、絶え間なく続く戦に疲れた顕家をねぎらい、茶を勧める。政治的には護良親王派に属し、後々まで阿野廉子と鋭く対立する。しかし南朝成立後は、廉子と協調して北朝自滅の知略を巡らす。
  • 北畠顕家後藤久美子 「公家最強の武将」「南朝の貴公子」と呼ばれた公家北畠家出身の名将。東北の軍勢を率いて上洛し、足利軍をよもやの壊滅に追い込む。美少年ぶりに定評があった南朝のエースを表現するために、まさかの美少女アイドル起用。しかし、ボーイッシュな印象を生かして台詞はバリバリの漢っぽい血気盛んな物言い。無双の腕前を披露したがそれ以前に、確かにこれでは足利軍も勝ち目がない、色々な意味で
  • 日野俊基榎木孝明 尊氏がフラフラと出歩いていると何故かよく遭遇する山伏。その実態は、帝の命を受け幕府打倒の為に諸国の武士を口説いて回る密偵系の公家。尊氏にとっては人生の師でもある。
  • 千種忠顕本木雅弘 後醍醐天皇の側近公家。阿野廉子派として廉子と討幕の恩賞に自分はどの国を貰えるかと盛り上がっている。お前、討幕戦で何かやったのか?とツッコミたくなってしまう。古典太平記では一軍を率いて京都を攻めているが、戦闘に怯えて逃げ帰ったり、これまた一国を恩賞にもらうには(記録では三ヶ国も貰ってます)・・・。悪行の報いはあまりに過酷であった。忠顕は戦死シーンが描いてもらえず、佐々木判官の台詞のみで戦死したとされてしまった。
  • 坊門清忠藤木孝 後醍醐天皇の側近公家で、楠木正成を死に追いやった戦犯として、皇国史観では心底忌み嫌われた。大河ドラマでも視聴者を怒らせる嫌味な名演の見事さは絶賛に値する。阿野廉子派として護良親王の失脚も狙い、尊氏を利用しようとする。
  • 名和長年小松方正 伯耆国の武士。阿野廉子派の武将として建武政界で暗躍する。市場利権の確保に奔走したり、商人出身らしい行動も目立つ。しかし、後醍醐帝には素朴な忠義を抱いていたようで、全身で示すダイナミックな平身低頭恐縮に定評がある。

北条氏一族・鎌倉幕府御家人

  • 北条高時片岡鶴太郎 北条家の得宗にして執権。つまり当時の鎌倉幕府における最高権力者。若き尊氏を苛めに苛め、しかも愛でに愛でたという死亡フラグを量産して恥じないバカ殿様。闘犬田楽に入れ込んで政治に興味を持たない暗君であった。ところが原作同様、内心では北条氏の嫡流たる武門の棟梁としての誇りを持っており、終盤にその本心が明らかになってくる。
  • 長崎円喜フランキー堺 前の北条家内管領であり、実質的には高時すら逆らえない権勢を誇っていた鎌倉幕府重臣。その強権的な支配は庶民も御家人たちをも疲弊させていく。足利氏はじめ御家人たちを陥れる陰謀家だが、滅亡に瀕しても動ずることなく最後まで戦うことを宣言するなど敵に屈するような軟弱な武士ではなかった。
  • 長崎高資西岡徳馬 現在の内管領であり、長崎氏の横暴を体現する円喜の嫡男。幕府全体の利益を考慮していた円喜に比べて些か私欲先行な面があり、その失態を父に叱責された場面もある。幕府滅亡時に重い傷を負い、潔く自刃した。
  • 赤橋守時勝野洋 後に鎌倉幕府・最後の執権も務めた北条氏一族の若手ホープ。登子の兄で、長崎円喜・高資父子の横暴をこころよく思っておらず尊氏を北条氏の味方とすべく尽力する。しかし尊氏の謀反で疑いをかけられ、北条一門を守るためにみずから一軍を率いて出陣、決死の覚悟で反乱軍に挑んでいく。
  • 金沢貞顕児玉清 尊氏の義理の伯父で、短期ながら執権も務めた北条一族の重鎮。貞氏の代に、何度も窮地に陥った足利家の味方になってくれた良い人(ただし、あんまり頼りにならn・・・だが味方だ)。六波羅陥落により緊迫する鎌倉の軍議では名演を見せた。
  • 顕子:小田茜 高時の愛人もしくは妻。どう見てもょぅι゛ょです。ほとんど台詞がなく、高時を政治から引き離して無邪気な遊びに誘う玉藻前的存在。まさかの国民的美少女デビュー作。ドラマオリジナルキャラ。名前からして史実上での高時の正室である安達時顕の娘を映像化した可能性はあるが、父親の没した場所が異なる。


その他

  • 花夜叉:樋口可南子 卯木という本名で原作にも登場。佐々木道誉お抱え猿楽一座の主にして楠木正成の妹。登場人物間の人間関係をつなぐ狂言回し的な存在。藤夜叉を保護したり逃亡中の正成を匿ったりしている。後に結婚しての創設者観阿弥を生む。
  • 猿(ましら)の石:柳葉敏郎 大河ドラマ版オリジナルキャラクター。藤夜叉の兄として育つ花夜叉一座の座員。親を足利関係者の武士に殺されたため、足利氏を憎み、特に愛する藤夜叉を奪った尊氏を憎悪している。荘園の代官として建武の新政の理不尽に立ち向かうなど、庶民側の視点提供キャラでもある。なお中の人は10年後このドラマの第1話にて開始数分で退場した人物を1年通して演じている。

ドラマに登場しなかった主な重要人物

北朝・足利方

  • 足利基氏 尊氏の四男。関東を支配すべく鎌倉に拠点を置き、初代・鎌倉公方となる。
  • 細川頼之 中国管領として直義の残党である直冬軍と戦い、南朝方についた細川清氏を讃岐で滅ぼした。その後、義詮の遺命により、管領として幼い義満を補佐する。
  • 今川貞世(今川了俊) 室町幕府における初代・九州探題。九州を席巻する懐良親王と菊池一族に対抗するため派遣された武人。和歌の名手としても知られる文武両道に優れた名将。
  • 赤松範資 円心の長男。円心の後を継ぎ尊氏に仕えるが、円心の死後、若くして亡くなる。
  • 赤松則祐 円心の三男。天台座主として比叡山延暦寺にあった護良親王に仕え、元弘の変のおりには親王の令旨を父のもとにもたらし、父・円心の挙兵を促す。建武の新政後、恩賞として任じられていた播磨守護職を取り上げられたことを契機に朝廷(後の南朝)を見限り尊氏側につく。観応の擾乱のおりにも尊氏側につき、以後も幕府の重臣として尊氏・義詮・義満の三代にわたって仕えた。

南朝・宮方

  • 後村上天皇 第99代天皇、後醍醐天皇の第七皇子。阿野廉子の子として生まれ、父帝の譲位により即位、対北朝強硬派として行動し、観応の擾乱に際しては一時的に京の都を奪還する。
  • 懐良親王 後醍醐天皇の皇子。父帝の命により征西大将軍として九州へと赴き、菊池武光が率いる菊地一族の庇護のもと、大宰府を占拠し九州に南朝方の拠点を築きあげる。明との交渉において「日本国王・良懐」を名乗る。
  • 新田義顕義興義宗 いずれも新田義貞の子であり長男・義顕は金ヶ崎落城直前、杣山城において自刃、次男・義興、三男・義宗は父亡き後も南朝側の武将として北朝軍と戦い続けた。
  • 楠木正儀 正成の三男。父や兄達の戦没後、楠木家の棟梁として南朝に仕え、三度にわたって京都を奪還せしめる。一方で北朝方との和睦の道も模索しており、その関係で知己を得ていた細川頼之を介して一時期北朝方に投降するが、康暦の政変により頼之が失脚した後は南朝に帰参する。
  • 北畠顕能 親房の三男。長兄・顕家の死後、次兄・顕信とともに北朝軍と戦うが、後に国司大名として伊勢を支配する。顕能の子孫は織田信長に滅ぼされるまで伊勢を支配し、戦国大名として存続した。
  • 日野資朝 後醍醐帝の命により、鎌倉幕府打倒の謀略をめぐらしていたが発覚、佐渡に流されたが、後醍醐帝による倒幕の密議が再び発覚したことにより処刑された。
  • 菊池武敏 九州における南朝方の重鎮。北畠顕家に敗れ、京より落ち延びてきた尊氏軍と多々良浜で壮絶な戦いをくり広げる。
  • 菊池武光 武敏の死後、覇気に乏しい弟・武士を廃して家督を継ぐ。その後、一族をあげて征西大将軍・懐良親王を迎え北朝軍と対立する。

鎌倉・北条方

  • 北条高家 高氏とともに朝廷軍鎮圧のため出陣するが、華美な鎧を身につけていたため敵の標的となり、あえなく討死するという失態を犯してしまう。高家の死後、高氏は朝廷軍に寝返ることとなり、六波羅が陥落する遠因となった。
  • 北条仲時 鎌倉幕府最後の六波羅探題北方。六波羅陥落時に京より鎌倉に向かって逃亡するも、朝廷軍に追いつかれて囲まれ、彼らの見守るなか潔く自刃した。
  • 北条泰家 北条高時の実弟。新田義貞率いる軍勢を迎え撃つため出陣、一度は勝利を収めるものの結局は敗北する。以後、兄の遺児・時行を逃がし、みずからも陸奥に落ち延び再起を図るも失敗する。
  • 赤橋英時 赤橋守時の実弟であり、赤橋登子の実兄。鎌倉幕府最後の鎮西探題として九州を統括していたが、討幕軍を迎え撃って討死する。
  • 北条時行 北条高時の次男。鎌倉幕府滅亡後、諏訪頼重の庇護の元信濃にて潜伏を続けていたが、建武の新政の失敗に乗じ幕府残党を中心とした3万の軍勢を率いて鎌倉へと侵攻(中先代の乱)。天皇の許可を得ずに京より出陣してきた尊氏に敗れるも、以降も南朝方に与し尊氏軍に度々抗する事となる。

その他

  • 吉田兼好兼好法師) 受験古文の定番『徒然草』の作者で、吉川原作版では主要人物として登場。吉田のすね法師と呼ばれ揶揄われる隠棲の法師。しかし足利一門から楠木家の縁者、果てはあの佐々木道誉とすら対等の面識があり、只者ではない。飄々とした人情味ある言動で、当時の庶民視線を提供する。太平記原典では、高師直に頼まれて恋文を代筆するが、結果は手酷く師直が失恋するというオチの逸話が残っている(太平記巻21)。 


関連イラスト

戦う皇子様



関連タグ

鎌倉時代 南北朝/南北朝時代 室町時代
後醍醐天皇 阿野廉子 護良親王
北条高時 赤橋守時 長崎円喜
北畠親房 北畠顕家 千種忠顕
新田義貞 楠木正成 楠木正季 楠木正行
足利尊氏 足利直義 足利義詮 赤橋登子
佐々木道誉/佐々木高氏 高師直
天狗 怨霊 以津真天

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