『機動戦士ガンダム水星の魔女』第12話「逃げ出すよりも進むことを」Cパートのネタバレ記事に相当します。未視聴の方は注意。
概要
負傷したデリング・レンブランをストレッチャーに乗せ、襲撃を受けたプラントの区画から脱出しようとするミオリネ・レンブラン。しかし、彼女の前にアーシアンのテロ組織・フォルドの夜明けのメンバーが立ちはだかる。
ドミニコス隊の到着によって既に母艦は撤退し、地球に帰る術を失くしたテロリストは、せめて作戦だけでも遂行しようと抹殺対象のデリングに銃を向ける。
生死の境を彷徨う父を庇いながらも、死を覚悟するミオリネ。しかし外壁が崩れ、スレッタの乗るエアリアルが駆け付ける。
慌ててミオリネとデリングを撃とうとするテロリストだったが、
「や・め・な――
さい!」
まるで夏の羽虫でも相手にするかのように、スレッタはエアリアルの右手を振り下ろし、テロリストを文字通り叩き潰した。
鮮血が飛び散り、千切れた片腕はゆっくりとミオリネの顔の傍の壁面に跳ね返って、彼女の髪を揺らして飛んでいく。頬にその血飛沫がかかったミオリネの顔が引きつった。
一方、コックピットから降りたスレッタは、バランスを崩して尻餅をつき、「へへへっ、締まらないなぁ」と照れ笑いしながら、「助けに来たよ、ミオリネさん」と笑顔で右手を差し伸べる。
尻餅をついた場所は、自分が殺めたテロリストの血でできた血溜まりであるのに。立ち上がる際にそこに手を突いたせいで真っ赤に染まった手を、人を殺した現実を微塵にも思わせない屈託のない笑顔で。
あまりにもショッキングな光景に茫然自失のミオリネは、震える声で絞り出すように呟く。
「 なんで…… 笑ってるの? ……人殺し 」
この衝撃的な台詞で、『水星の魔女』第1クールは幕を閉じた。
すれ違いの末にようやく和解し、絆を強めたかに見えた2人。にもかかわらず、まるで化け物を見るかのような恐怖に満ちた表情を浮かべるミオリネと、自分が何をやったのかもわかっていないスレッタの笑顔。
このあまりにも急転直下すぎる展開は、ガンダム初心者はもとより古参ガンダムファンにも大きな混乱をもたらし、「この状態で2023年4月からの第2クールまで待てというのか」と阿鼻叫喚の声が渦巻くのだった……。
解説
“時には殺人も厭わない主人公”と“それまで戦争とは無縁だったヒロイン”の構図自体、昨今では枚挙に暇がないものであり、ガンダムシリーズに於いてもしばしば見られたものである(例:ガンダムWのヒイロとリリーナ)為、その向きから分析しようとする視聴者も多い。
ただ、両者のキャラ造形はこれまでの主人公像及びヒロイン像には当てはめ難いものがあり、むしろ"戦火を経て変わり果てたヒロイン(=スレッタ)"と"その姿にショックを受ける主人公(=ミオリネ)"とする構図が近い。こちらも先例はいくつかある(例:Vガンダムのカテジナとウッソ)。
この直前にスレッタは、フォルドの夜明けの構成員との遭遇時、彼らを射殺したプロスペラに怯え、それがスレッタを救う行為だったにもかかわらず非難しようとしていた。
それほどまでに人殺しに抵抗のあったスレッタが、母親の説得―あるいは洗脳を経た結果、何の躊躇いもなく、極めて凄惨な手法で人を殺した挙げ句、葛藤も動揺も見せずに日常のような笑顔を浮かべているのが、この場面のキモにして異質さを際立ているのである。
その唐突な展開に加え、ホラーの文脈に則った恐怖演出がコレでもかと盛り込まれたのも合わさり、ミオリネはもとより視聴者の視点でも恐ろしいシーンに仕上がった。
その為、放送直後からミオリネに共感する感想が多く見られ、根深いトラウマとなるのを懸念する声も散見される。痛烈な言葉を浴びせた点についての批判も意外と多くはない。
もとより不穏な解釈も散見されていた「逃げたら一つ、進めば二つ」の呪文だが、ここに来て「呪い」の側面が強調される場面となった。
逃げていたら狂わずに済んだ代わりに、ミオリネの命が失われていたであろう危機的な状況であり、客観的にもベストな行動を取ったに過ぎないのが余計に救いようがない。
但し、
- ミオリネ(及び視聴者の視点)にとっては凄惨に映るが、第三者の目線では「偶然居合わせた学生が総裁親子をテロリストから寸前の所で救出した」とも捉えられる。
- ミオリネが唯一の目撃者で、デリングは重傷で意識を失っており、他の地球寮のメンバーは船に避難していた(……が、向こうもやばい状況になっている)。
- テロが起きた場所はアスティカシア学園では無かった。
等の状況が重なっていたのがせめてもの救いであった(と思いたい)。
余談
- 同話では自らが犯してしまった殺人行為に絶望し、言葉にならない慟哭を発するしかなかったグエルのシーンが事前に流れたのも合わさって、対照的にスレッタの精神性の異常さがより際立つ結果となった(しかし、自分の婚約者とその父を殺そうとした敵を始末したに過ぎないスレッタと、思いがけず実の父を手に掛けてしまったグエルを並べて比較するのも適切ではないが)。
- また、この時のグエルは「俺はまだ……スレッタ・マーキュリーに進めていない!」とスレッタの「逃げたら一つ、進めば二つ」に感化されたような言葉まで叫んでおり、グエルの結果まで含めると「迷ったなら少しでも良い未来に続く選択をすべき」とした、ポジティヴなだけではない裏の面まで露見された風だった。
- この凄惨極まる状況下で、奇しくもこの時に展開中であるスナック菓子「エアリアル」とのコラボ企画に、ミオリネが「フレッシュトマト味」のパッケージを担当していた事実が、ファンの「嫌な予感として残っていた前例」を想起させる事態にもなってしまった。
- そして放送直後のタイミングで、エアリアルの発売元であるヤマザキビスケットが『フレッシュトマト味』を改めて告知した事態も衝撃的であった。
- 平成の先輩のED曲のタイトルを思い出すファンも出て来る有り様で、この展開がどれだけファンの心胆を寒からしめるたかがよく分かる……。
- 放送終了後には『水星の魔女』のOP,EDテーマを担当しているYOASOBI、シユイもそれぞれドン引きとショックを受けたらしく、Twitter上で前者は「祝福などと言っている場合ではないんですが…」後者は「昨日買い物行ったけど、なんかトマトは手に取れなかった🍅だいぶショックっぽい」とツイートを投稿している。
- 見ていた視聴者の中には「スレッタとミオリネが敵対するのではないのか?」と危ぶむ声も大きい。ミオリネの怯えようを見る限りでは、その可能性は現時点では高いと言わざるを得ない。
- しかし、第7話でデリングがミオリネの会社設立の際に『逃げるなよ。お前が思っている以上にガンダムの呪いは甘くない。』と警告しており、第2期では『ガンダムの呪いと向き合う=スレッタと向き合う』展開が2期での重要なテーマへと繋がっていく可能性もある(少なくとも、スレッタの異常を目の当たりにしたミオリネが、彼女の母であるプロスペラ達に対して疑惑の目を強める可能性は高い)。
- 初陣にてその鋭い眼つきから「怖い顔」「前の方が好きだった」などと作中で評されていたガンダム・エアリアル(改修型)だが、皮肉にもテロリストを叩き潰す=ミオリネを救う瞬間は、従来のエアリアルの面影を残す丸い優しげな瞳で描かれている。
- この時、エアリアルが保管されていたハンガーの番号は78、つまり初代ガンダムの形式番号のセルフオマージュなのだろうが、同時に「水星の魔女がこれから従来のガンダムシリーズらしくなっていく(≒戦争や死と向き合っていく)暗喩なのでは?」等の憶測まで飛び交った。
- スレッタ役の市ノ瀬加那女史はラジオで「ゾッとした」と語り、Twitterでも「ミオリネに助けて欲しい」と願う程な上、ミオリネ役のLynn女史もラジオやTwitterで非常に辛そうにしていた。
- 尚、実際の放送でもわかる通り、市ノ瀬氏はギャグ寄りの朗らかな芝居を要求されたそうである。その方が怖さが際立つので。
- あろうことか、BPOにも苦情が入ってしまった。
関連イラスト
- ギャグ風味で中和
関連タグ
機動戦士ガンダム水星の魔女 ミオリネ・レンブラン スレッタ・マーキュリー
ろうそくみたいできれいだね:同作(プロローグ)におけるみんなのトラウマ。どちらも殺人を軽く見ている状況も合っている。ただし、こちらはそもそもそこまでの道徳観・倫理観が形成されていない時分の発言であり、一概に同一視するのは間違っている節もある
フレッシュトマト味・ガンダムスタンプ:同様の用途で使われているタグ。
機動戦士Vガンダム・機動戦士ガンダムNT・ククルス・ドアンの島(映画):モビルスーツの圧倒的な質量を利用して生身の人間を物理的に殺したシーンが存在するガンダム作品。
イオク・クジャン:近年のガンダムシリーズで圧死させられたキャラ。