解説
スレッタがプロスペラから教わった魔法の言葉。OPやEDの歌詞(『逃げ出すよりも進むことを君が選んだのなら』『「進めば二つ」と声にして』等)にも引用されているほど印象的なかつ、本作のシンボルたる言葉であり、劇中では後にミオリネやグエルにも影響を与えた(らしい)。
『ゆりかごの星』によれば、スレッタが5歳の頃、注射を嫌がっている際にプロスペラもといエルノラから教わったと語られている。曰く「注射をしなければ『痛くない』が手に入るだけだが、注射をすれば『病気にならない』」だけでなく『お母さんが喜ぶ』など様々なものが手に入る」とエルノラは説得し、スレッタを勇気づけている。
それ以降、臆病で人見知りなスレッタにとって、この言葉は自分を鼓舞するための呪文となっており、作中で何度も発言している。
正しいのは進むことか? 逃げることか?
スレッタに限らず本作では「進んで手に入れられたもの」や、逆に「進めなかったせいで手に入れられなかったもの」が様々な人物を通して描かれている。
一例として分かりやすいのはシャディクだろう。彼はミオリネに好意を抱いていたものの、スペーシアンとアーシアンのハーフの孤児から成り上がった立場上、安易に「ミオリネを守る」と口約束するぐらいしかできなかった。第9話のサブタイトルが「あと一歩、キミに踏み出せたなら」である通り、シャディクはミオリネが管理する温室に最後まで踏み込めず、第1話であっさり踏み入ったスレッタとは対照的な存在として描かれている。
これだけ書くと「逃げずに進む意思の大切さ」を訴える意味合いのように見えるが、方向によっては進む選択が必ずしも良い結果を生むとは限らない事態も描かれている。
- グエルの場合
基本的に逃げずに進んでいるのだが、結果的に大切なものを失うに至った。しかし、この悲劇の一因である彼のとある行為は「父親からの逃避」とも捉えられるため、「逃げ出したが故の結果」とも取れ結論を出すのが難しい。
また、第17話で「ジェターク社の建て直し」のために進んだグエルは、ミオリネから「『ジェターク社の建て直し』に協力するのを条件に『自分の総裁選の後ろ楯になって欲しい』『スレッタを異常な状況から脱しさせたい』から〈決闘〉でスレッタを倒して欲しい」との利害の一致から、スレッタを〈決闘〉で下しミオリネの依頼を果たしたものの、スレッタを絶望の淵に追いやってしまった……結果的に彼女を呪縛から解放する一因にはなったが。そして第20話ではシャディクに対し「何もわかってないんだな……奪うだけじゃ、手に入らない!」と発言している。
一方で後述のスレッタと比較して、相対的に「親元を離れて自身の境遇を冷静に見つめ直した」とする意見もある。
- ニカの場合
彼女も仲間を助ける為に逃げずに進んではいるが、立ちはだかる壁が大き過ぎるあまりにどれも上手く行かず、事態は悪化していくばかりである。仲間がいながら「1人で問題を抱え込む」行為を「逃げている」と捉えられなくはないが、こちらに関しては運の悪さなどの不可抗力も多分に含む。
- スレッタの場合
衝撃的な事例だが、彼女にとってこの言葉は「逃げたくても逃げられない」ある種の呪縛と化している節があり、その末に第1期終盤ではガンダムシリーズ史有数の展開へ繫がった。
しかし、後の第2シーズン・第16話で露見されたプロスペラへの過度な信頼を向ける姿は、端からは『スレッタ自身の積極的な思考・行動への逃避』にも見え、その証左のようにミオリネの命を救えたが、彼女との関係に亀裂が生じた……にもかかわらず、スレッタはその事実にすら気付かない異常事態に陥っている現実を視聴者に露呈した。
そして、第17話では今までの盲信のツケを支払う事態に……。
さすがにこの衝撃が大きかったのか、第18話以降からスレッタ自身も「進めば二つ」が正しかったのか疑問を抱き始める。
- シャディクの場合
第2期以降の彼もまた『進む』のを選んだ結果、目的のためならば他の犠牲を省みない、冷酷無比の選択肢を採るようになるとの、傍目からは『暴走』としか酷評できない状態に陥っている。
- マルタンの場合
彼もまた、地球寮の寮長として仲間を守る為に第14話では「小を捨てて大に就く」かの如く、仲間の一人を切り捨てる非情な選択を決行し、結果的には「進めば二つ」として仲間の被害は最小限に抑えられた。
これまでの過程もあって概ね視聴者からは理解されているが、それでも形式的に「仲間を売った」以上、話数が進むに連れて心労が蓄積され、それが限界に来たのか第18話ではカウンセリングルームに出向き「他者に答えを求める」と、自身の『進んだ結果』に迷いが生じていた。
……と、結構なメインキャラ達が「進んだ」故に事態を悪化させる状態になってしまっている。
人生には時に逃げてはいけない場面があるのは確かに事実だが、「欲が出て引き際を誤った結果、良くないものばかり手に入れてしまう」のはフィクション・現実を問わずよくある光景であるのも踏まえると、時には「『逃げる選択』から逃げない」考えの大切さを相対的に浮き彫りにする展開と言える。
また、第2シーズン以降から「進んだとしても何らかの不利益を被る=良くて1つ、悪いと何も得られない」シーンが散見されつつもあり、酷評すれば「母の魔法はまやかしに過ぎない」と突き放しているようでもある。
上記の事実を併せて見ると「進めば二つ手に入るかもしれないが、逃げれば確実に一つは手に入る」との逆の解釈もできる、結構奥が深い言葉でもあるのだ。
どちらが正しい選択になるのかは、結局のところケースバイケースなのである。
余談
- 禅の金言に『吾唯知足(=ワレ・タダ・タルヲ・シル)』があり、こちらは「満足する気持ちを持ちなさい(=足ることを知る人は心穏やかであり、足ることを知らない人の心はいつも乱れている)」とする戒めであり、この言葉の対極に就いている。
- 『魔女ラジ』2023年6月4日配信の第34回のリスナーからのコメントで、「この言葉に背中を押された」との投稿があり、同時に「授けたスレッタに試練を乗り越え、ミオリネと添い遂げ大団円を迎えて欲しい」と寄せられていた。
- このコメントに対して「序盤は文字通り前進するための前向きな意味合いが強かったが、徐々にプラスに転じない結果や行動の正当化などの呪いへと変節していったため、投稿者含め報われるようスレッタによって祝福へ昇華されて欲しい(意訳)」と返されている。
- SNSで強めの幻覚に陥った者が、この言葉の後ろに彼の声で「奪えば全部ゥ!」と幻聴が聞こえたとか……。
- ???「奪うだけじゃ、手に入らない!!」
- 2023年11月22日には『ネット流行語1002023』において、まさかのノミネートがされることに。水星の魔女としても複数のワード、登場人物もノミネートされているが……。
関連タグ
ギャンブル:ある意味、この言葉が最も似合う概念。進めば二つ、と欲をかきすぎると痛い目に遭う。
どうせ逃げるなら。逃げるならもっと、楽しいことに逃げましょーよっ:ガンプラ女子達の日常漫画の主役の一人が、仕事の激務でグロッキー状態になっているのを見つけた相方の女子高生が相談し、曰く「仕事してる時だけは、いろんな罪悪感から逃げられるっていうか…」と言うのに対し最終的に贈られたアドバイスな言葉である。
逃げちゃダメだ:別のロボットアニメに出てくる台詞だが、似て非なる意味であった。
逃げてちゃあ! 何も掴めねえんだよ!:同じく別のロボットアニメの、それも激しくアツきロボット作品の主人公の1人のセリフ。但し、この時はサイズ的に桁が違う敵の陸上戦艦に追い詰められている最中だった。
逃げるんだよォ!:誇り高き血統の青年の言葉で、こちらは勝利の計略の一端としての逃走を意味する。
対義タグ
戦略的撤退:敗戦を覚悟して、傷口が広がらないようにする考え。
ミオリネだけでなくプロスペラやエアリアルとの決別。その際に知った自分の出生の秘密。
それらの衝撃すぎる事実の数々に一時は打ちのめされながらも、地球寮の仲間たちに支えられたスレッタは少しずつ立ち直っていく。更にプロスペラの真意に気付いくと同時に、自らの無知をも自覚し前を向くようになる。
そして、彼女は頑なに信じていた「逃げたら一つ、進めば二つ」の言葉からも脱却していき、遂には「何も手に入らなくても、できることをすればいい」との結論に至る。
彼女は決意する。目的のために暴走していく母と「姉」を止めるために「できること」を、命を落とす危険を承知で再びガンダムに乗ることを……。
スレッタに続いてグエル、ニカ、マルタンもまた、紆余曲折を経て「進めば二つ」の結果を出し、それに続くように多くの人間が「進めば二つ」の選択をする様になった。
今作で屈指の「逃げたら一つ」を体現した様な人物だったが、数少ない理解者を救えなかった経験から、誰よりも生き延びたい男は「誰も死なせない」決意に至り、自分だけでなく他者の命をも救う様になった。
- ベルメリアの場合
彼女も生き延びたい故に多くの犠牲を出してきたが、自身の過ちを認めた末にもう逃げ回るのをやめて、毛嫌いした拳銃を抜いて悪に立ち向かう勇気を見せた。
- フェルシーの場合
地球寮に救われ、チュチュとの共闘を経て、たとえグエルの言い付けを破ってでも「誰かの役に立ちたい」と奮起し、最終的にはグエルとラウダの命懸けの兄弟喧嘩を止めて、自分を含めて全員生還させるに至ると、ガンダム史上に残る大偉業を成し遂げた。
そしてスレッタ達の物語の最後の敵は
『この作品で唯一最初から最後まで逃げ続けた者達』となった。
そして……
- オリジナル・エラン:「ネズミは沈む船を見捨てる」の格言の如く、泥船であるペイル社を見限り、自らを飼い殺しにしてきた老害共に辞表を突き付けた。そしてヘッドハンティング先であるブリオン社で、自らの椅子と優秀な秘書の二つを手に入れた様子。
- 最後の最後とは言え彼もまた自分の足で進む事を選んだ者となった。
しかし…
この作品1番の勝ち組は助け人の背中を押しても『逃げも進みもしなかったセセリア』(立場という意味では1つだが「オリジナルエランの秘書」兼「グエルをいびれる」という点では2つ)だったりする…。
……結局『逃げる』のも『進む』のも状況を良く見て行わなくてはならないのである。