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西晋の編集履歴

2023-12-23 20:07:05 バージョン

西晋

せいしんまたはしんしん

司馬炎によって建てられた中国の統一王朝(265年 - 316年)。真・三國無双の晋についても記述する

西晋(せいしん、拼音:Xījìn)

司馬炎によって建てられた中国の統一王朝(265年 - 316年)。

国号は単にだが、建康に遷都した後の政権(東晋)に対して西晋と呼ばれる。


歴史

(曹魏)の重臣であった司馬懿がクーデターを起こし反対派を一掃した事により、魏の実権は事実上、司馬一族が占有するようになる(249年)。司馬懿の孫の司馬炎が魏から「禅譲」を受け皇帝となって晋王朝を開き、を滅ぼし三国統一を成し遂げた(280年)。

しかしながら、司馬炎とその崩御後に後を継いだ第二代皇帝の恵帝の資質の無さが直接的な引き金となって皇族同士が争う八王の乱が勃発(291年)。ちなみに八王とあるが実際に争った王は20人を超える。さらに(当初はこの政争に雇われる形で)北方遊牧民も侵入し、絶え間ない内乱状態になった。魏が皇族の大半に政治的実権を与えなかったため、司馬懿に実権を奪われたと見做していた西晋は逆に皇族達に強大な政治的権限ばかりか軍権まで与えており、これが致命的な結果を招いた。

これによって急速に弱体化し、北方遊牧民が築いた前趙によって滅ぼされ、南方に逃れた西晋皇族による亡命政権・東晋と異民族国家が乱立する五胡十六国時代へと突入する。

西晋は三国時代の最終的な勝者でありながら、僅か数十年(最後の10年以上は死に体同然だったため、実質的に政権が機能していたのは50年程である。名実共に王朝となってからはその内の35年程で、統一政権・王朝であることが出来たのは更にその中の20年程に過ぎない)の短命政権に終わった。皮肉にも前の王朝である曹魏とその期間(政権と王朝が機能していた時期)の長さはほとんど同じである。しかも崩壊の顛末とその後の長い戦乱の時代の到来を鑑みるに、その政治的評価はより厳しいものにならざるを得ない。


以後は東晋の項目を参照。


魏末・西晋年表

249年 司馬懿がクーデターを起こし、曹爽勢力を一掃する。

251年 王凌が司馬懿の権力を削ごうと画策するが、失敗し自殺する。

     司馬懿が死去。

254年 司馬師が反逆を画策する李豊、夏侯玄らを誅殺。

     司馬師がクーデターを起こし、反抗的な曹芳を退位させ、曹髦を第4代皇帝に置く。

255年 毋丘倹文欽が寿春で反乱を起こしたが、司馬師が鎮圧する。

     司馬師が死去。

257年 諸葛誕が淮南で反乱を起こし、司馬昭が諸葛誕討伐に向かう。

258年 諸葛誕が文欽と対立し文欽を殺害する。司馬昭が諸葛誕を破り、乱を平定する。

260年 傀儡であることに反発した曹髦が司馬昭に対し挙兵したが、賈充の部隊が立ちはだかり、賈充の部下に斬られた(皇帝殺害は賈充の部下の独断とされ司馬昭、賈充は不問とされた)。

     曹奐が新たに第5代皇帝に即位したが、実質は司馬昭の傀儡である。

263年 魏が蜀に侵攻する。鄧艾が成都に到達し劉禅を降伏させる。蜀が滅亡する。

264年 鍾会姜維と組んで反乱を起こす。衛瓘らが乱を平定し、鍾会、姜維、鄧艾を殺害する。

     司馬昭が晋王となり、九錫を受ける。

265年 司馬昭が死去。司馬炎が後を継ぐ。

     曹奐が禅譲し、魏が滅亡、司馬炎は晋の皇帝となる。

279年 晋が呉に侵攻する。

280年 呉の孫晧が降伏する。呉が滅亡し、晋が中国を統一する。

290年 司馬炎が死去。皇太子の司馬衷が第2代皇帝となる。

291年 司馬衷の皇后賈南風らが外戚の楊一族はじめ政敵を誅殺し、実権を握る。八王の乱が始まる。

300年 賈南風が皇太子の司馬遹を殺害。司馬倫はじめとする諸皇族が挙兵し賈南風を殺害。諸皇族同士の主導権争いが激化。

304年 劉淵が并州で漢(後の前趙)を創立。中華が再び分裂する永嘉の乱の始まり。(開始時期には諸説あり)

306年 司馬越が司馬穎を殺害、上洛した司馬顒を司馬模が殺害、司馬衷が死去する。

     司馬熾が第3代皇帝に即位し、丞相となった司馬越が実権を握る。八王の乱が終結する。

310年 劉淵が死去。子の劉和が継ぎ、後に弟の劉聡が劉和を殺害し継いだ。

311年 司馬熾が司馬越を討伐しようとしたが、その前に司馬越が病死する。

     司馬越の死を受けて、石勒と劉曜らが洛陽を陥落させ、司馬熾は捕らえられる。

313年 司馬熾が処刑され、長安で司馬鄴が第4代皇帝に即位する。

316年 劉曜が長安を攻め、司馬鄴は捕らえられ、

317年 司馬鄴が劉聡に処刑される。司馬睿が晋王を称する。

318年 司馬睿が建康に東晋を建国。


※どの時点を西晋滅亡とするかは意見が分かれるが306年〜316年の間に滅亡したと定義される。


人物

(晋書より)

皇帝

高祖宣帝(司馬懿) 司馬炎より追号

世宗景帝(司馬師) 司馬炎より追号 司馬懿の第1子

太祖文帝(司馬昭) 司馬炎より追号 司馬懿の第2子

世祖武帝(司馬炎) 初代皇帝 司馬昭の第1子

孝恵帝(司馬衷)  司馬炎の第2子

孝懐帝(司馬熾)  司馬炎の第25子

孝愍帝(司馬鄴)  司馬炎の父方の孫 荀勗の母方の孫


皇后

宣穆張皇后(張春華)  司馬懿の妻

景懐夏侯皇后(夏侯徽) 司馬師の1番目の妻 夏侯玄の同母妹

景献羊皇后(羊徽瑜)  司馬師の3番目の妻 羊祜の同母姉

文明王皇后(王元姫)  司馬昭の妻 王粛の娘

武元楊皇后(楊艶)   司馬炎の1番目の皇后

武悼楊皇后(楊芷)   司馬炎の2番目の皇后 楊駿の娘 楊艶の従妹

恵賈皇后(賈南風)   司馬衷の1番目の皇后 賈充の娘

恵羊皇后(羊献容)   司馬衷の2番目の皇后 羊瑾(羊徽瑜のいとこ)の孫 後に前趙皇帝「劉曜」の皇后

懐王皇太后(王媛姫)  司馬炎の側室 司馬熾の母

元夏侯太妃(夏侯光姫) 後に東晋の初代皇帝「元帝 司馬睿」の母 夏侯威(夏侯覇の弟)の孫


皇族

一括りにしているがそれぞれ世代が異なるため名前の前に以下のように目印をつける

司馬八達世代を①(司馬懿とその兄弟)

司馬八達の子供世代を②(司馬師、司馬昭らの世代)

司馬八達の孫世代を③(司馬炎らの世代)

司馬八達のひ孫世代を④(恵帝らの世代)

司馬八達の玄孫世代を③(恵帝の皇太子司馬遹らの世代)


①司馬孚 司馬懿の弟。司馬八達の一人。同族ながら司馬氏の専権に抵抗する。

②司馬望 司馬孚の子。曹髦の側近。父と同じく司馬氏の専権に抵抗する。

②司馬伷 司馬懿の第4子 呉征伐戦で活躍 孫は東晋の司馬睿

③司馬攸 司馬昭の第3子 司馬師の猶子

⑤司馬遹 司馬衷と謝夫人の長子。皇太子。継母の賈南風に謀殺される。

②司馬幹 司馬懿の第7子。平原王。変態。

②司馬肜 司馬懿の第8子。梁王。人柄以外は取り柄がない。司馬倫による簒奪を支持。

②司馬泰 司馬馗(司馬懿の弟)の次子。隴西王→高密王。賈南風政権を宗師として支える。

④司馬柬 司馬炎の第3子。秦王。聡明で司馬炎に寵愛されたが早逝。

④司馬允 司馬炎の第10子。淮南王。司馬倫にクーデターを起こすが返り討ち。

④司馬威 司馬望の孫。義陽王。司馬倫が簒奪した際に恵帝から玉璽を捻り取る。

③司馬騰 司馬泰の子、司馬越の弟。東嬴公。寧北将軍として兄の司馬越に協力。

③司馬略 司馬泰の子、司馬越の弟。高密王。兄達が別家を建てたため高密王を継いだ。

③司馬模 司馬泰の子、司馬越の弟。南陽王。上洛した司馬顒を独断で殺害。

④司馬保 司馬模の子。南陽王。長安で司馬鄴を擁立する。

③司馬楙 司馬望の子。東平王。クズ。

③司馬虓 司馬越の従兄弟。范陽王。司馬越に与する。

④司馬睿 司馬伷の孫。瑯琊王。司馬越に協力し、後に東晋を築く。


八王

②司馬亮 司馬懿の第3子。汝南王。楊駿誅殺後に実権を握るが司馬瑋と対立して殺される。

④司馬瑋 司馬炎の第5子。楚王。楊駿誅殺の功労者だが司馬亮と対立して殺害、後に賈皇后に誅される。

②司馬倫 司馬懿の第9子。柏夫人の子。趙王。賈氏一派を殺して帝位を簒奪するが誅される。

④司馬冏 司馬攸の子。斉王。司馬倫を殺して政権を握るが、対立した司馬乂に殺される。

④司馬乂 司馬炎の第6子。長沙王→常山王→長沙王。司馬冏を殺して司馬穎・司馬顒と争う。

④司馬穎 司馬炎の第16子。成都王。皇太弟となって政権を握るが、王俊と司馬騰に負けて敗走。

③司馬顒 司馬孚の孫。河間王。司馬穎と恵帝を回収して司馬越と覇を争う。

司馬越 司馬泰の子。高密王世子→東海王。圧倒的な政治力と兄弟との連携で八王の乱を制す。



八王の乱関連

楊駿 司馬炎の外戚として実権を握る。

衛瓘 監軍として鍾会の乱を平定する。楊一族を排除した後、実権を握る。

張華 賈南風政権では実質的に宰相として政権を握る。

孫秀 司馬倫の補佐。実質的な司馬倫の操縦者。

劉蕃 西晋の官僚。中山靖王劉勝の末裔。劉輿・劉琨の父。司馬越に与する。

劉輿 西晋の官僚。中山靖王劉勝の末裔。変わり身の速さで八王の乱を生き残る。

王衍 西晋の官僚、門閥貴族。清談を流行らせた無能。

張方 司馬顒配下の武将。

陸機 西晋の官僚。陸遜の孫。文学者としも著名。讒言によって成都王に害される。

劉弘 西晋の官僚。重鎮として荊州を治める。

張軌 西晋の官僚。涼州を治めて半独立状態を築く。



呉征伐関連

・征呉派

羊祜 呉征伐を進言していたが、実現する前に死去 侵攻作戦は彼の物を採用している。

杜預 羊祜の後任。

・反征呉派

賈充 賈南風の父。西晋建国の功臣。

荀勗 賈充のシンパ。


王濬 最初に建業入りし、孫晧を降伏させる。

王渾 王濬に手柄を取られる。八王の乱ではほぼ中立。

王戎 竹林の七賢の一人。

胡奮 公孫淵討伐、対蜀戦、諸葛誕の乱でも活躍した軍人。




西晋滅亡期関連

苟晞 世子の官僚、武将。司馬越に取り立てられる。残酷さと軍事の才で白起と並び評された。

劉淵 匈奴の主導者として西晋に仕えていた。後に漢(前趙)を興し、子の劉聡が西晋を滅ぼす。

劉曜 劉淵の従子。洛陽・長安を陥落させる。前趙第5代皇帝となり、羊献容を皇后とする。

石勒 劉曜とともに西晋滅亡に大きく貢献。後に劉曜と対立し、後趙を建て前趙を滅ぼす。

劉琨 西晋の武将、官僚。劉輿の弟。文学者としても著名。最後まで匈奴に抵抗する。祖逖とは親友。

祖逖 東晋初期の猛将。前趙及び後趙に対抗した。

王導 司馬越の参軍。東晋建国の立役者。東晋で瑯琊王氏の権勢を確立する。


その他

文鴦 文欽の子。司馬昭に投降し魏晋に仕える。

陳寿 元蜀の官僚。蜀滅亡後、張華の庇護を受け三国志を編纂。

郭槐 郭淮の姪、賈充の妻。賈南風及び賈午の母。

賈午 賈充の娘、賈南風の妹。


関連タグ

三国時代 → 西晋 → 東晋 五胡十六国

  司馬一族 八王の乱 永嘉の乱 竹林の七賢


真・三國無双における晋

「6」より第4の勢力として登場した。

所属する無双武将は後に晋が建国される礎を築いた司馬懿(「5」までは彼はの武将だった)とその息子司馬師司馬昭ら司馬氏を中心に、司馬氏に与した郭淮鄧艾、一方で司馬氏と敵対した夏侯覇諸葛誕らなどであり、という国ではなく「五丈原の戦い」以降のを指す名目上の枠組みであることが窺える。

三国志の原点とも言える正史三国志の「晋伝」という歴史書には、この時代の出来事が「晋」に至る伝として描かれているための物語とも言えなくはない。


晋のストーリーでは五丈原の戦い以後、魏の司馬氏からの視点で物語が描かれる。

曹操劉備諸葛亮といった三国志の主人公たる英傑はすでに死去し、孫権も序盤に死去することから、「5」までのシリーズ、同時に三国志を題材にした多くの媒体よりも更に先へ進んだストーリーであり、「毋丘倹の乱」や「曹髦蜂起」といった今まで脚光を浴びることの少なかったエピソードや戦いがふんだんに盛り込まれている。


この時期になると、三国はそれぞれの国内事情で酷く疲弊しており、魏も例外ではなく物語中では司馬一族の専横とそれを拒む魏の重鎮達との”政争”が多く描かれ、自らの道に苦悩する司馬昭や、父の仇である蜀に身を寄せ旧友らに刃を向ける夏侯覇、魏を取り戻すべく悲壮な決意で乱を起こす魏の忠臣らや諸葛誕、また蜀では姜維が諸葛亮の遺志を背負い妄執的に北伐を繰り返す姿や、呉で起きつつある孫綝の専横や後継者争いの片鱗を匂わせる描写があり、『魏』『蜀』『呉』のストーリーと比べるとどこか暗いストーリーとなっている。


真・三國無双6のストーリーモードは全体的に歴史的にもかなり忠実な仕上がりとなっている事から、重要な武将でも死去する時は死去し、無双武将の少ないのストーリーモードとて例外ではない。公孫淵の乱から蜀滅亡までが描かれ、EDにて司馬昭の死後、司馬炎により晋が建国され、呉は滅亡し天下統一が成されたことが伝えられる。この時のEDムービーは劉禅と司馬昭のやり取りを含めて、これまでの三国無双ストーリーの集大成とも言える出来になっており評価が高い。


真・三國無双7ではIFシナリオが追加された事によって、郭淮の死や夏侯覇の出奔を条件次第で防げるようになっており、「6」のストーリーよりはマイルドになっている。一方で賈充文鴦張春華が追加された事で対蜀よりも魏の政争の物語が描かれ、「6」で賛否両論だった司馬昭の王道に目覚めるタイミングも終盤と遅くなり、成長譚としての完成度は上がった。

ハードな難易度の条件が多いが、IFシナリオに進むと念願の物語中の三国統一を果たせるので全員生存目指して頑張ってみよう。


勢力の登場武将

※史実上はの武将、のストーリー後半から登場する。『街亭の戦い』『石亭の戦い』辺りから、の武将として登場。IFシナリオではもっと早い事もある。ここのエピソードまで来ると、がらっと『魏軍』のメンバーが変わるのですぐに分かる。

司馬懿

郭淮

夏侯覇

張春華

司馬師

司馬昭(晋王とされる)

諸葛誕

鍾会

鄧艾


の時代にも生きている人物。

王元姫

賈充

文鴦


※6、7の正史の物語では、の武将として描かれる。勢力はに属する。

夏侯覇


※三国統一をした人。

三国志大戦などでは登場。

無双の物語中でも後ろ姿は登場している。

司馬炎 (司馬昭王元姫の子)


ゲーム未登場

羊祜

杜預

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