概要
帆船の時代からネズミの退治係として、幸運のマスコットとして、乗員達のアイドルとして、船で猫が飼われてきた。
1941年5月27日、ドイツ海軍戦艦ビスマルクはイギリス海軍の攻撃で撃沈されてしまう。その際、漂流していたビスマルクの飼い猫がイギリス海軍駆逐艦コサックに救助され、船乗り猫「オスカー」として居残ることとなった。
10月23日、コサックはジブラルタルからイギリスへ向かう船団を護衛中にドイツ海軍潜水艦U-563に攻撃され大破。ジブラルタルへ曳航される途中で悪天候に遭遇し、沈没してしまった。乗員219名中159名が死亡したが、オスカーはイギリス海軍駆逐艦リージョンに救助された。
その後、オスカーはリージョンから空母アーク・ロイヤルに贈呈され、「サム」と呼ばれるようになるが、11月14日、アーク・ロイヤルはドイツ海軍潜水艦U-81の攻撃で沈没し、イギリス海軍駆逐艦ライトニングに救助された。
サムは「不沈のサム(Unsinkable Sam)」と呼ばれるようになり、ジブラルタル総督に預けられた後、ベルファスト市の船員宅に引き取られて余生を過ごし、1955年に世を去った。
リージョンはマルタ島で修理中に爆撃を受け1942年3月26日に沈没、ライトニングはドイツ海軍Sボートの攻撃で1943年3月12日に沈没した。
……幸運のマスコットというよりは、船に不幸をもたらす死神の類のような気もする。
真相?
この「オスカー(不沈のサム)」の逸話には、記録されている事実と符合しない部分や整合性の取れない部分が多々ある。
- ビスマルクにそのような猫がいた事を示す書類・写真・証言等が無い
- 駆逐艦コサック乗員協会の事務局長によると、コサックはビスマルクから相当離れた位置におり、猫を拾うには物理的に無理があった
- アークロイヤルの沈没時、生存者の救助は非常に秩序だった落ち着いた状況であったにもかかわらず、そこに猫がいたという話は無かった
- 様々な写真(別の艦の猫であることが確実な写真や、柄の違うように見える複数の猫)や絵が「オスカー(不沈のサム)」として(特にネット上では)出回っている
研究家の間では「イタリア軍砂漠でパスタ伝説」と同様の、いわゆる戦史における都市伝説の類とされている。
なお、英国国立海事博物館にはGeorgina Shaw Baker (1860-1951)というイギリス人画家の手になる『Oscar, Cat from 'H.M.S. Bismark'』と題された作品が収蔵されている他、「1941年11月の日本の新聞でもすでに一連のストーリーとして紹介されていた」という情報もあり、話としては古くから成立していた事をうかがわせる。
余談
2015年9月20日、ゲーム『艦隊これくしょん』において、ドイツ出身の駆逐艦娘レーベレヒト・マースにディアンドル姿の期間限定グラフィックが実装された。
被弾した姿のイラストでは肌の露出をガードするかのように白黒柄の猫がくっついており、運営の公式ツイートで「不沈猫」と言及された事でオスカーをイメージしている事が確定され、「艦これ」提督(プレイヤー)にも知れ渡ることとなった。
ただし、艦これ公式4コマにおいてビスマルクが白黒柄の猫を「オスカー」と名付けて引き取っていたので、既に知っていた提督も多いだろう。