曖昧さ回避
- 熱力学や統計物理学における思考実験、またはその思考実験で想定される仮想的存在。本項目に記述。
- 『Fate/GrandOrder』に登場するサーヴァント。イラストは池澤真が担当。主に『マックスウェルの悪魔』表記。1.に由来し、「無限のエネルギー」を求める欲望から生まれた存在とされる。⇒キャスター(帝都聖杯奇譚)
- ゲーム『ファンタシースターオンライン2』に登場するオークゥ・ミラーがやはり(?)「ラプラスの悪魔」と共に召喚・使役する具現武装。
概要
「マクスウェルの悪魔」とは、スコットランドの物理学者ジェームズ・クラーク・マクスウェルが提唱した熱力学や統計物理学における思考実験、またはその思考実験で想定される仮想的存在である。
「シュレディンガーの猫」「ラプラスの悪魔」と並び、なんだか厨ニマインドをくすぐる名前を持ったやつとしても知られる。
思考実験「マクスウェルの悪魔」とは
エントロピー増大則と熱的死
熱力学における系の乱雑さ、分子の持つエネルギーの「まばらさ」を示した数値をエントロピーと呼び、閉鎖的な系(≒隔離限定された空間)においてエネルギーの移動が起きると、系全体のエントロピーは常に増大し続ける。これは熱力学第二法則、エントロピー増大則として知られる。
エントロピーは統計量であり、統計で用いられる確率や偏差値のような数値の一種である。
宇宙全体は一つの系と考えられ、その全体のエントロピーは常に増大し続けるため、この宇宙もいつかはエントロピーが極大まで増加した状態である、全体が均質なエネルギー状態で満たされることになる。これが宇宙の終焉予想の一つであり、10^2500年以降に到来する「熱的死」である。
この熱的死に言及や描写した作品には、『魔法少女まどか☆マギカ』『機動戦士ガンダムUC』などがある。
「悪魔」がいたらどうなるの?
第二種永久機関が実現しうる。上記の『マックスウェルの悪魔』キャスター(帝都聖杯奇譚)はここに着想したものと思われる。
熱エネルギーを別のエネルギーとして取り出すには、温度差、すなわち熱エネルギーの勾配が必要となる。しかし、ノーコストで動作する「マクスウェルの悪魔」が存在した場合…
- 均一な温度の気体を「悪魔」を用いて高温と低音に分離する。
- この温度差からエネルギーを取り出し、結果また均一な気体に戻る。
- 最初に戻る。
こうして第二種永久機関が爆誕することになる。
全力でこの「悪魔」を稼働させ続ければ、人類は宇宙の終焉すらも回避できるのかも知れない。
悪魔退治
1867年頃に提起されたこの問題は、100年以上経過した1980年代にようやく解決されることとなった。奇しくも「ラプラスの悪魔」(1812-1927周辺)とほぼ同年齢であり、かつて数学上の未解決問題として知られた「ポアンカレ予想」よりも、地味に長期間掛かったことになる。
解決には分子1個の二値的な状態を考える「シラードのエンジン」と呼ばれる思考実験で説明される。従来「悪魔」が分子を観測するときにエネルギーを必要とすると考えられていたが、実際には観察にエネルギーは必要なく、観察によって得た分子の情報をメモリから消去する≒悪魔が分子選別を行う前の状態に戻る際にエネルギーが必要とするとされる(ランダウアーの原理)。
情報も極小的に見れば脳内物質やメモリの電流の状態変化なのだから、分別した分子以外の系の全てを、情報消去を含めて分別前の状態に戻さなければ、エントロピーが減少したことにはならない。
この解決により、図らずとも熱力学のエントロピーと情報処理におけるエントロピー(情報エントロピー)がゆるりと繋がることになり、またシラードのエンジンの二値状態は「シュレディンガーの猫」の観測問題とも繋がることになる。すなわち悪魔を観測する存在もまた悪魔となり、情報の消去にエネルギーが必要となって、系全体でのエントロピーの増大を招くことになる。
しかし近年、情報からエネルギーを取り出す方法が発明されており、条件次第では相対性理論や量子力学によってニュートン力学が否定され、かつ三者が共存しているように、熱力学第二法則も条件次第では否定され、「悪魔」が再誕する可能性もある……かも知れない。
「悪魔」の誕生
マクスウェルがその名を口にしてから140年後、ついに本物の悪魔が産声を上げた。かねてよりファインマンのブラウン・ラチェットなど、それを具現化する装置は考案されていたが、ついに人類はナノテクノロジーで悪魔を創り上げたのだ。
2007年、マクスウェルの出身校でもある英国エディンバラ大学で悪魔は生まれた。
分子化学者David Alan Leigh教授らのグループが分子情報エンジンの開発に成功し、ネイチャー誌で詳細を発表した。研究グループが作った情報エンジンは、ロタキサンと呼ばれるナノマシンで、ダンベルのような形状の棒と、前後にスライドするリングでできている。ダンベルの棒の中央部には光で操作できる分子が一つ付いており、リングを遮る状態と通過させる状態の2つの状態を取ることができる。この分子が悪魔が開け閉めするゲートに相当する。この情報エンジンが熱平衡状態から遠ざかるかどうか実験を行ったところ、ゲートを操作する悪魔が知っている情報が燃料になり、情報の消去によって増えるエントロピーがパラドックスの解消法と一致していることが確認された。
Exercising Demons: A Molecular Information Ratchet
2010年、米国のテキサス大学のマーク・ライゼン教授らと、日本の中央大学の鳥谷部祥一助教、東京大学の沙川貴大らのグループがそれぞれ悪魔を召喚した。
テキサス大学の悪魔はオリジナルの悪魔の姿に近い。
実験では、箱の中に気体分子を閉じ込め、レーザーで一方通行のゲートを作り、分子が片側に偏るように選り分けた。絶対零度まであと100万分の1度までというところまでの冷却に成功している。
日本の悪魔は螺旋階段の上で生まれた。
この実験では、螺旋階段の上に置かれた微小な粒子を想定する。微小な粒子は熱揺らぎによってランダムな動きを行うため、階段を登ったり降りたりするが、階段には上下があるため平均的には階段を降りることの方が多い。そこで、粒子の位置を測定し、粒子が階段を登ったら粒子の後ろに壁を置いて降りないようにする。この壁を置くのがこの実験における悪魔の役割だ。
実際の実験ではもっと装置が複雑だが、基本的には上記と同じことを行う。実験の結果、情報を位置エネルギーに変換することができ、悪魔の原理が正しかったと研究チームは発表した。28%の効率で情報をエネルギーに変換できたと報告されている。
2016年、フィンランドのアールト大学者らの研究者らは、悪魔を内蔵した電子回路を設計した。
極低温で超伝導の極小サイズの箱の中に、電子を入れておき、高感度の電子計で電子の位置を特定する。位置情報がわかったら電子を捕まえて(悪魔のゲートの開閉)、その電子の熱運動を取り出して仕事を行う。研究チームはこのサイクルを2944回行い、75%の効率を実現した。
上記のイギリスや日本の実験とは異なり、このシステムは外部と接続されていない自律的な悪魔であり、システムと悪魔の間でやりとりされるのは熱ではなく情報のみなのである。
「悪魔」降誕の意味
ここで留意しなければいけないのは、上述の悪魔を作り出す実験によって、熱力学第二法則が否定されたり、第二種永久機関が実現しうると証明されたわけではないことである。
「エントロピーが減少すればエネルギーを取り出せる」こと、およびシラードの思考実験から「悪魔が情報(記憶)を消去するときに、エントロピーが増大する」(そこで一旦減少したエントロピーが相殺される)ことから、逆説的に「情報とはエントロピーの低い状態であり、そこからエネルギーが取り出せる」ことが予想できる。この「情報をエネルギーに変換できる」ことを証明して、寧ろ「シラードのエンジン」の思考実験が正しかったことを確認したのが、この悪魔機械の実現である。
デーモンプログラム
英語では"Maxwell's demon"と表記されるが、この「マクスウェルの悪魔」は、コンピューターのメールデーモンなど、バックグランドで動作するプログラム(プロセス)の名前「デーモン」の由来でもある。
ただしスペルは"Demon"ではなく、同語源の古英語または別綴りに由来する"Deamon"と表記する。その理由ははっきりしないが、こちらはカタカナで「ダイモーン」「ディーモン」とも表記され、「守護神」と翻訳されることがある。参考(Wikipedia)
関連イラスト
FGOのサーヴァント『マックスウェルの悪魔』の他、オリキャラにこの名前をつけたイラストが存在する。かわいい。