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概要編集

1982年5月11日生まれ、福岡県出身。ポジションは投手

八幡高、北九州市立大を経て2004年ドラフト2位で中日ドラゴンズに入団。主な同期入団選手は川井進鈴木義広石井裕也中村一生。入団以来、杉下茂権藤博星野仙一小松辰雄と背負ってきたドラゴンズのエースナンバー「20」を背負っている。


ルーキーイヤーの2005年からいきなり新人で開幕ローテーション入りを果たす。この年は前半戦こそ安定感がなかったものの、次第に実力をつけて行って8勝をマークした。

2007年に自身初の規定投球回到達、2ケタ勝利(14勝)。なおこの年以降、まだ規定投球回も2ケタ勝利も記録はしていない。2008年は7勝どまり。

2009年は不振で5勝を挙げるにとどまる。2010年は開幕ローテーションには入れなかったが5月に復帰し7勝を挙げた。2011年はケガに泣かされて6試合登板、2勝3敗に終わる。

2012年は復活のシーズンとなり、7勝(10敗)を記録してチームに貢献。


2013年終了後、国内FAを宣言し、出身地の地元球団である福岡ソフトバンクホークスへ移籍。

2014年に防御率4点台ながらチームトップタイの11勝(7敗)を挙げて自身2度目の2桁勝利を達成した。

2015年は9勝7敗を記録。20162017年は2年連続7勝。

2018年途中から中継ぎで起用、8月26日に福岡ヤフオク!ドームで行われた対西武戦で中継ぎ登板、100勝目を挙げる。しかしこの年は5勝3敗、防御率5.20と成績は低迷した。


2019年オフに無償トレードで阪神タイガースへ移籍。しかし阪神時代の2年間で目立った実績は挙げられず、2021年9月に現役引退を正式発表した。

同年10月に、福岡ソフトバンクホークスの3軍投手コーチに就任、選手育成に努めることが発表された。



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