経緯
1989年の日本シリーズは読売ジャイアンツ(巨人)と近鉄バファローズ(近鉄)との対戦となったが、藤井寺球場で行われた第1戦と第2戦は10.12の勢いそのままに近鉄が連勝し、舞台を東京ドームに移した第3戦では先発の加藤哲郎が6回1/3を3安打無失点に抑え勝利投手となり、近鉄が悲願の日本一まであと1勝まで迫った。
この試合後のヒーローインタビューで加藤は「たいしたことなかったですね。シーズンの方がよっぽどしんどかったですからね、相手も強いし」と述べた。そして、その後の囲み取材で加藤に「(巨人はこの年パ・リーグ最下位だった)ロッテ(オリオンズ)より弱いんじゃ?」と振ったところ「シーズン中のほうが相手も強く、きつかった」と回答した(この時加藤はヒーローインタビューも終わってさっさと帰ろうとした中、記者にこう振られたが話の内容がよくわからず答えたと述べている)。
ところがこの試合の翌日に各紙が『巨人はロッテより弱い』という見出しで報じ、これに巨人の選手が激怒し、これまでとは見違えるようなチームと化すことになった。第4戦で香田勲男が完封勝利を挙げると第5戦では大不振だった原辰徳が吉井理人から満塁ホームランを打つなどで連勝。舞台を藤井寺球場に戻した第6戦も桑田真澄が好投して勝利しついに3勝3敗のイーブンで最終戦を迎える。
近鉄は加藤を再び先発に送り込むが、レフトスタンドに陣取った巨人ファンの容赦ないプレッシャーに飲まれ、2回に駒田徳広に先制のホームランを打たれ、4回にも連続タイムリーを打たれて降板。そして試合は8-5で巨人が勝利し、1981年以来の日本一となった。
余談
この通り「巨人はロッテより弱い」発言そのものは誇張であり、プロ野球界における言ってないセリフシリーズの代表格とされている。但し当時近鉄のエースだった阿波野秀幸は「そういうニュアンスのことを言っている」と加藤に対して苦言を呈している(一方で「加藤は普段からあんな感じだし、挑発の意味ではない」と回想している)。
第7戦で加藤からホームランを打った駒田はダイヤモンドを回る際加藤に向けて「バーカ!!」と叫んでいる。但し駒田は「先制ホームランを打った勢いで出たもので、あの記事は関係ない」と後に述べている。なお加藤はその場では聞こえておらず、「もし聞こえていたら次の打席でぶつけていたかもしれない」とテレビ番組で駒田と共演した時に述べている(駒田もぶつけられることは覚悟していた模様)。
当時近鉄の監督だった仰木彬はこの結果に相当堪えた模様で、のちにオリックス・ブルーウェーブの監督に就任し日本一まであと1勝に迫った時(1996年:この時も相手は巨人)も記者のミスリードに惑わされず淡々と答えていた。
その仰木監督自身も現役時代の1958年の日本シリーズで、所属する西鉄ライオンズが似た様な経緯で巨人相手に3連敗からの怒りの4連勝で日本一となった経験がある。
それから35年後…
この騒動から35年後の2024年の日本シリーズでほぼ同じことが発生。しかもこちらは実際言っており、ある意味巨人はロッテより弱い以上の口は災いの元を披露してしまった。
この年の日本シリーズのカードはパ・リーグを圧倒的強さで制覇した福岡ソフトバンクホークス(ソフトバンク)とセ・リーグ3位ながらクライマックスシリーズで阪神と巨人を倒して進出した横浜DeNAベイスターズ(DeNA)となったが、横浜での最初の2戦は前評判でも有利とされたソフトバンクが連勝し、舞台は福岡へ移すことになった。
そして第3戦の試合前、DeNAの予告先発であったエース格の東克樹に対してソフトバンクの村上隆行打撃コーチが「パ・リーグにそんなにいない(タイプ)かも知れないですが、(東よりオリックスバファローズの)宮城の方が断然いいので」と報道陣の前で発言(ちなみに宮城はこの年防御率は1.91とよかったが7勝9敗と負け越している)。時を同じくして、DeNAベンチでは桑原将志が「ソフトバンクに全員で立ち向かっていこう」と試合前に発破をかけるなど奮起を促した(東本人は宮城の投球を参考にしており、村上コーチの発言に対する反発はなかった模様)。
するとDeNAはまさに1989年の巨人のごとく見違えるチームと化し、第3戦は発破をかけた桑原の活躍などで勝利。またこの試合で東が投球中にソフトバンク側から指笛が聞こえるなどの妨害行為があったが、これにソフトバンクの小久保裕紀監督が「よくわからないですね。口笛(指笛が場内アナウンスでこう呼ばれていた)って何。指笛?笑ってしまいましたね。みんなで大爆笑していました」と火に油を注ぐ発言をしたことでDeNAはさらに奮起して第4戦、第5戦は完封勝利とビジター3連勝でホーム横浜へ戻ることとなった。そして第6戦でソフトバンクのシーズン最多勝・有原航平を攻略し、DeNAは26年ぶりの日本一を成し遂げた。
ちなみに村上コーチは35年前の日本シリーズで近鉄の選手として出場しており、35年の時を経て近鉄関係者が舌禍で再び流れを変えてしまったことになった。また、加藤は後輩でもある村上のこの発言に対してX(Twitter)で「村上、いらん事言わんでええねん(原文ママ)」と反応している。