CV:小山力也(VOMIC、TVアニメ共通)
いい料理人になるコツは…
自分の料理のすべてを捧げたいと思えるような
そんな女と出会うことだぜ―――
人物
主人公・幸平創真の父親で、大衆食堂「食事処 ゆきひら」の店主。第1話の時点では38歳。
やや伸ばした髪にあご髭を蓄えているというワイルドな風貌が特徴。
旧姓は「才波(さいば)」。妻は既に他界している。
経営している「ゆきひら」は、どこにでもある一般大衆食堂だが、城一郎の料理人としての腕は並外れて高く、客達からの人気は非常に高い。
息子の創真とは日常的に料理勝負をしているが、一度も彼に負けた事の無い実績を持っており、その勝利数は450回を超え、物語の冒頭における勝負でも勝利した。しかしその度重なる敗北経験は、創真を料理人として大きく向上させる糧となってもいる。
創真が中学卒業を間近に控えて、彼が峰ヶ崎八重子と一悶着を起こした後、2、3年の間店を閉める事を宣言。創真には『遠月茶寮料理学園』へと入学させる。
自身は日本を離れ、インド、イタリア、スペイン、アメリカ合衆国のマンハッタンと渡って行き、料理人として大勢のVIPから絶大な支持を受けつつ、活躍していく事になる。
創真には、彼が3歳の頃から様々な料理の技能を叩き込んでいる(ついでに「にぼしのイチゴジャム和え」など明らかに合わない組み合わせを試し、他人にも味見させたがる悪癖も継承させてしまっている)一方、後悔の多い過去については何一つ教えておらず、「定食屋としての技術しか仕込んでいない」と一色慧に告白している。
息子の性格上大きな反発を生むことが分かりきっていた為、当初は遠月に入学させる気は無く、推薦が来た後も消極的であったが、再会時の成長ぶりを見て考えを改めた。
過去
実は遠月学園の第69期生であり、在学中は遠月十傑評議会にも「第二席」にまで上り詰める程の優秀な学生であった。当時は極星寮の寮生でもあり(何の因果か、部屋は後に創真が住む303号室だった)、同期である堂島銀、2期後輩の中村薊と共に十傑の上位三席を預かり、極星寮の黄金時代を築いた。
学生時代ではまさに色んな意味で天才的なセンスを発揮していたとされ、加えて時にゲテモノ料理のようなものも平気で公式の場に出す自由奔放な男(堂島以上の腕を持ちながら第二席扱いだったのもその辺が理由)だったようだが、学年が上がるに連れて自分より弱い相手を容赦なく叩き伏せる姿勢が目立ちはじめ、やがて周りからは“修羅”と呼ばれるようになる。
3年に上がるとさらにその評価と名声は高まって行き、その年の世界若手料理人選手権コンクール「BLUE」の金賞候補とまで目されていたが、周囲からのプレッシャーと自分の理想に挟まれて料理に手がつけられなくなるほどのスランプに陥ってしまい、「BLUE」の参加もドタキャンする形で放棄してしまった。その後、彼の状態を重く見た仙左衛門の勧めを受けて「自分を見つめ直す」ため学校を中退したことが語られている。
中退後はそれまでの貯金を崩しながら人目を避けるように放浪生活を送っていた。たまに料理をしてもスランプからはなかなか抜け出せなかったが、ある日食事を摂りに街に出た際、どこにでもある定食屋を見つける。
ごくごく平凡、しかし客も店主も笑顔の店。それこそが「ゆきひら」だった。
店主の娘が作る「おまかせ」を試しに注文するも、ゲテモノが得意な彼すらも絶句するほどの出来栄えだった。
しかし、それでも居心地の良さを覚えた彼は、日本に滞在している間は店を訪れ、たまに厨房を手伝うようになる。
そしていつしか店主の娘と心を通わせ、料理人としての情熱を取り戻すに至り、婿養子として「ゆきひら」を継いだ。
その娘、彼が料理人としての全てを捧げてもいいと思った女性こそが、創真の母・幸平珠子である。
「ゆきひら」を継いだ後も度々海外に出かけており、アメリカで弟子をとっていたが、珠子がまだ幼い創真を残し急逝。男手ひとつで息子を育てるため海外渡航を控え、「ゆきひら」の経営に専念するようになる。
一方で仙左衛門とは連絡を取り合っており、たまに彼の依頼で遠月まで料理を作りに行っていた。薙切えりなともそのときに出会い、彼女に料理の楽しさを説いたことで尊敬されるようになる。彼女には旧姓の「才波」とだけしか名乗らなかったが、出会いの記念に撮影したツーショット写真は彼女の大事なお守りになっている。