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有田芳生

ありたよしふ

有田芳生は日本のジャーナリスト、政治家。
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概要

1952年京都府出身。
1977年立命館大学を卒業したのち、日本共産党系の出版社に勤務。

フリージャーナリストとして、カルト問題に取り組み『週刊文春』などで統一教会霊感商法合同結婚式への批判的取材で名を挙げる。またテレビコメンテーター(これは友人であった江川紹子の関係で詳しくなったオウム真理教関連も大きい)としても有名となる。

また北朝鮮拉致問題にも取り組みをアピールすることで人気取りをもくろんだ。

政治家として

1970年に日本共産党に入党していたものの、ジャーナリストとして「日本共産党への手紙」(15人の著名人による意見書)の編集にかかわったため1990年に除名処分となった。

政治家となり、新党日本の副代表となるものの、2回の選挙で当選できず。
そののち民主党に移籍、2010年参議院選挙比例代表にて党内で一番多い得票で当選。

スタンス等

拉致問題をたびたび政治利用しているとして非難を浴びている。
具体的には2012年に平壌に無断で渡航し、いかにも拉致問題に真摯に取り組んでいるかというアピールを行ったが成果と呼べるものは一切なく、どころか小泉政権時代に安倍晋三官房長官(現総理)としてに直接平壌に乗り込み、拉致被害者を一部とはいえ日本に帰国させた立役者に対して「拉致問題を解決させる気が無い」などと鏡を見て叫ぶかのような発言を行った。
むろん拉致被害者家族からは蛇蝎のごとく嫌悪され救う会の総会では芳生の挨拶の際「帰れー!!」の大合唱が起きるほどである。

また近年、拉致被害者横田めぐみさんの子供の写真を横田夫妻に無断で公開し、写真は横田夫婦の提供であると主張。しかし横田夫婦サイドは全面的に否定しており、救う会も批判するコメントを発表。北朝鮮から入手したのではないかとの見解を示した。騒動以前は横田夫妻とはそれなりに仲が良かったのだが、「有田さんと考え方は違う」ととうとう切って捨てられる事態となった。
基本的には北朝鮮の代弁人とすら呼ばれる主張を繰り返しており、朝鮮学校の無償化と外国人参政権に賛成している。

なお統一教会を批判しているが統一教会は韓国内では右派であり北朝鮮とは仲が悪く、芳生は北朝鮮および韓国内の左派側の人物であるため敵対関係にあるため北朝鮮の隠れシンパではないという根拠には一切なりえない。


プロ市民との癒着

共産党を除けば、しばき隊(および関連組織や後継組織)と最も親しい国会議員である。
ぱよぱよちーん事件では弟が主犯と行動を共にしていり、しばき隊リーダー・野間易通による選挙応援発言を行われていたり、数々の事件を起こしているにも拘らず「既存の左翼は行儀が良すぎてダメになった」と擁護したり、川崎市デモ中止騒動では体を張ってデモを妨害(ちなみに違法行為)。
さらに、関連団体(というか実質同じ組織)である男組が恐喝をした際、使用していた車両が有田芳生の街宣車であったことが発覚。
また、一般人が池袋駅西口の街宣での有田芳生議員の街宣に文句を言ったところなぜかSEALDsワークシャツを着た4人組が大声で追いかけて腕を掴み囲んで恫喝をおこなった、ことを示す動画が拡散。
挙句、根拠もなく安保法案を戦争法案と繰り返し、「安倍首相はヒットラー」「安倍死ね」との過激なヘイトスピーチに同調したりしている。

問題行動、発言

Twitter上でもたびたび問題発言を行っており、安倍首相の生首の串刺し写真を投稿したことでも話題となった。主に有権者を無根拠にネトウヨ呼ばわり(ゴキブリ、ボウフラ等とも)することが多く、なかには「頑張ってください」と声をかけた通りすがりに対し勝手に皮肉と思い込み「違うでしょ」発言したら捨て台詞とともに逃げたなどと主張。ちなみに、該当する場面が偶然動画に収められていたのだが件の写真に関して質問されしどろもどろになりながらむしろ自身が捨て台詞をはいていた。

関連項目

民主党(日本)

外部リンク

サイト
twitter

参照

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