概要
日本の元モデル、タレント、歌手。現在は主にYouTuberとして活動している。
1987年12月4日生まれ、東京都葛飾区水元出身。T166、B88-W58-H86。
かつてはプラチナムプロダクションに所属していた。
沖縄アクターズスクール東京校出身。
デビュー前の2001年、モーニング娘。の第5期オーディション『モーニング娘。LOVEオーディション21』を受け、最終選考まで残っている。しかし、この時は「協調性のなさ」を理由に落選している。
渋谷109のアパレルショップで働いていた2006年にスカウトを受け、モデルとしてデビュー。その後グラビアアイドルの方面でも活動していた。
2007年に出演した『クイズ!ヘキサゴンⅡ』にて「おバカキャラ」としての側面が知られるようになり、「ヘキサゴンファミリー」の一員として活躍するようになる。島田紳助のプロデュースでスザンヌ・里田まいとともにPaboのメンバーとなる。また、これを機に雑誌『PINKY』→『ViVi』(共に集英社)の専属モデルとなるなど、モデルとしての仕事も増えた。
紳助曰く、「グリーンフラッシュ伝説」は木下のために書いたとか。
同番組でFUJIWARAの藤本敏史と出会い、約1年半の交際を経て結婚。
2012年8月に長女を出産、2015年11月に次女を出産した。
2012年秋から、「笑っていいとも」金曜日レギュラーを務めた。
不祥事による引退、復帰
2019年11月18日、姉が勤務していたタピオカ店の経営者に対し、Instagramで「こっちも事務所総出でいかせてもらいますね」「いい年こいたばばあ」など恫喝するメッセージを送ったことが発覚し、所属事務所が当面の活動自粛を発表。
同年12月31日、藤本との離婚を発表。2人の娘の親権は彼女が持つ。また、離婚後も苗字は変えず、戸籍上の本名は「藤本優樹菜」となっていることを明かしている。
上記の不祥事との直接的な関連は双方とも否定しており、多忙な生活によるすれ違いが原因としている。離婚後も同じマンションの別室に住み、娘たちは二人で面倒を見ているとしている。
2020年7月1日に一旦は活動再開を発表したものの、わずか5日後の6日に所属事務所を通じて芸能界引退を発表。事務所は引退理由について「信頼関係を維持することが著しく困難であると判断し、また本人からの申し出を受けたためである」としている。
引退と共に一度はInstagramアカウントを閉鎖したものの、2020年9月に新しくアカウントを開設し情報発信を行なっていた。
2021年10月27日、木下にインターネット上で脅され精神的苦痛を受けたとして、タピオカドリンク店店長が木下に一千万円の損害賠償を求めた訴訟の判決公判が行われ、脅迫行為であると認められ40万円の支払いが命じられた。
翌28日、新しく立ち上げたYouTubeチャンネルに動画を投稿。裁判の結果を受けて涙ながらに謝罪するとともに、「私にはこの仕事しかない」と芸能界に復帰することを発表した。
2023年10月にInstagramにて「4年ぶりのフジテレビ 湾スタ」と報告、そして11月10日放送の全力!脱力タイムズで4年ぶりに地上波に姿を現す(ただしフワちゃんの共演NGのラインの検証相手という形。フワちゃんは終始怯えてるような形であり、結果はダントツのNG100%であった)。
現在はYoutubeおよびTikTokを中心に活動しており、朝倉未来・朝倉海兄弟がアドバイザーを務める格闘大会ブレイキングダウンのオンラインリポーターも担当している。
人物
元ヤンキーであることを公言しており、体育会系らしい何事も潔くケンカっ早いキャラクターで知られる。
私生活でも同様のようで、元夫の藤本によれば、夫婦喧嘩では常に彼女が勝っているとのこと。
過去のブログでは歳が離れている藤本のことを「おっさんパパ」と呼んでおり、家族のために働く良き父親である藤本のことを、彼女なりに愛情を持って慕っていたようである。
離婚後も別室だが同じマンションに住み、藤本が当て逃げ事故の不祥事で芸能活動を休止していた際も551蓬莱のお土産を渡しに行く等、現在でも元夫には思う所がある様子。
高橋愛とは、モー娘。オーディションで知り合って以来の友人である。
ヘキサゴンファミリーの中でも、Paboのメンバーであるスザンヌ、里田まいとは特に仲が良かった。また、青山テルマやギャル曽根、佐々木希とは親友だと語っている。
アパレル店員時代に雑誌に写真が掲載された際、名前が「朴優樹菜」と表記されていたことから、木下は芸名、または通名で実は在日韓国人ではないか、という説がインターネット上で噂されていたが、のちに本人が「忙しくて名前を適当に書いたため(またもともと悪筆であることから)『木』と『下』が繋がっているような字になってしまい、『朴』と誤植された」と経緯をゆ語っており、自身は在日韓国人ではないと明言している。また、これまで否定してこなかったのは「(否定することが)韓国の人に失礼だと思っていた」だと語っている。
2022年7月、ADHDであると診断を受けたことを公表した。ただし、木下が受診したクリニックの検査方法は日本精神医学会などで認められているようなものではない、「脳波によってADHD傾向を検知する」というものであり、医師たちからもその検査法について否定的な意見が挙げられている。また、木下本人もあくまで正式な診断結果であるとは言及していない。