曖昧さ回避
- 鎌倉時代から南北朝時代にかけて活躍した刀工。日本史史上名前が知られた刀工であり、粟田口吉光、郷義弘と並んで天下三作と呼ばれる。
- 『刀剣乱舞』において、正宗が製作した刀剣が属する刀派、及びその刀派に属する刀を擬人化したキャラクタータグ。pixivにおいては、こちらをさす。
概要
鎌倉時代から南北朝時代にかけて活躍した刀工、正宗によって、打たれた刀剣男士の総称。2024年8月時点で以下の四振が実装されている。
「相州伝」と呼ばれる作風を確立させた日本刀中興の祖であり、一般層にも広く名の知れ渡り、公式の紹介文にも「日本刀の代名詞」と銘打たれる日本史上もっとも有名な刀工の一人。……なのだが、刀剣乱舞においては2017年12月に日向正宗が実装されてから2023年4月に石田正宗が実装されるまで約六年もの間一振りのみの状態が続いていた。
2023年8月現在、ゲーム内で刀派表記が追加されてから二振り目のメンバーが実装されるまでの期間が最も長かった刀派である(次点は長船派の二年七か月)。
これは、リリース当初から今に至るまで最大の実装数を保ち続けている同じく天下三作の粟田口とは対照的な記録であると言えよう。
※ただし、一振り目実装の時点では刀派/刀工表記が存在せず、二振り目の実装と同時に既存キャラへ表記が追加されたという事例を含める場合、実にゲームリリースから九年(と二日)を要した広光の方がさらに長くなる。この広光もまた相州伝の系譜である。
正宗は多くの弟子を育成したことで知られ、中でも高弟とされる十名の刀工を「正宗十哲」という。刀剣乱舞に登場する中では、貞宗・左文字・江とへし切長谷部・山姥切長義・後家兼光がこれに該当する。また、十哲には含まれないものの大倶利伽羅と火車切を打った相州広光は正宗の子(養子とも,諸説あり)である。
ちなみに、不動行光を打った藤三郎行光は正宗の父。
登場メンバー
戦装束は赤を基調とした裏地が黒のゴシック仕様のスーツで、胸元に梅の花を表した組紐が垂れている。これは、前述した「正宗十哲」を表現したものであると思われる。
内番服も赤いシャツに黒のパンツ。刀紋には斜め正方形の「正」の字と熨斗結びが使われている。また、無銘(制作者の名前が刻まれていない刀)と在銘(制作者の名前が刻まれている刀)の違いを表すように、スーツの袖に金の線が付いているか付いていないか差異がある。
全員、刀への誇りが強く、髪型に一部ぱっつんの要素が取り込まれている。加えて、在銘と無銘に置いて髪色の傾向が違っている(京極は黒髪、それ以外は色素が薄めの髪色)。
No.150:短刀
「惜しかった」「次はうまくやろう」の言葉通りの前向きな性格。
No.218:打刀
元は石田三成が所持し、後に結城秀康に贈られた津山松平家の宝刀。
石田の名を背負う刀として、そして正宗の作として、その名に恥じない振舞いを心掛けている。
No.222:短刀
正宗の数少ない在銘作のひとつで、京極家秘蔵の短刀。
名族として正宗の実力を示すために咲く、深窓の薔薇。
No.234:短刀
「対百鬼夜行迎撃作戦」にて実装。
九鬼守隆が所有した正宗の短刀。
異去の最果ての張番の友人。
余談
上述の通り非常に知名度が高く、他の刀剣を題材にした作品でも定番となっている正宗が刀剣乱舞においては長らく実装されなかった理由として、『正宗抹殺論』と呼ばれる論争が影響しているのではないかという見方がある。
正宗抹殺論とは、天皇家が所蔵していた夫馬正宗という刀が偽銘であるとされたことを発端に明治から大正にかけて広まった「正宗は存在しなかった。あるいは存在したとしても凡工にすぎなかった」という説である。現在この説は否定されているが、逸話を拠り所に顕現する刀剣男士である彼らがこの説の影響を被っている可能性自体は否定できない。
また、夫馬正宗が実装されたら?と気になっている審神者も少なくない。