翼の凱歌
つばさのがいか
操縦士と航空機関士である父親を墜落事故で失った2人の少年が、未亡人となった操縦士の妻の元で義兄弟として育てられ、兄は少年飛行兵を志願して陸軍航空隊の操縦者に、弟は航空機乗員養成所を経てテストパイロットへと成長し、それぞれ開発現場と戦場で活躍する有様を描く。
監督は戦後左翼映画の巨匠と称えられる山本薩夫、脚本はかの黒澤明。
本作品は陸軍航空本部が後援し、養成所の場面はセットではなく実際の仙台地方航空機乗員養成所が撮影に用いられた。航空機も一部に特撮を使用しているほかは全て実機が用いられている。また照準器やオイルクーラーなどの機体の細部、エンジン起動から離着陸、アクロバット飛行などの詳細に至るまで描写され、第3の主人公とも言える一式戦闘機「隼」の姿を余すところなく描いている。言うならば本作品は「隼」のPVとも言える作品にも仕上がっている。航空機好きの人々にとっては知る人ぞ知る魅力的な一作。1940年(昭和15年)の映画『燃ゆる大空』、1944年(昭和19年)の映画『加藤隼戦闘隊』と並び、映像資料としても極めて希少性が高い。 終盤の空中戦のシーンではコレヒドールで鹵獲した実機のB-17が「出演」し、撮影に使用された。
出演者
- 大川雄吉:岡譲二
- 大川喬:月田一郎
- 三好技師:大川平八郎
- 陸軍航空技術研究所代表:河津清三郎
- 飛行機会社代表:清川荘司
- 医者:清水将夫
- 奥村謙吉:進藤英太郎
- 少年時代の大川雄吉:杉裕之
- 少年時代の野田(→大川)喬:杉幸彦
- 列車の軍人:柳谷寛
- 大川操縦士(雄吉の父):佐山亮
- 森本技師:竜崎一郎
- 医者:生方賢一郎
- 田中利男
- 木村勝太郎
- 飛行機会社社員A:津田光男
- 野田機関士(喬の父):松井良輔
- 飛行機会社社員B:高松文麿
- 技師:三田国夫
- 技師:草間璙夫
- 木下陽
- 工員:山川ひろし
- 熊谷二良
- 奥村靖子:花井蘭子
- 三好美代:若原春江
- 奥村芳枝:英百合子
- 料理屋の女中A:一の宮敦子
- 料理屋の女中B:瀧鈴子
- 看護婦:嶺恵美子
- 大川伸子:入江たか子
雄吉役は当初『燃ゆる大空』、『南海の花束』に出演した大日方傳が予定されていたが、スケジュールが合わず変更されたとされる。
余談
1942年3月に一式戦闘機「隼」が陸軍航空本部から公表されたことに伴い、「隼」をPRすることで航空思想を向上させる映画として企画された。
山本監督は航空局の担当者から「少年達は飛行家になるのを憧れているが、親類縁者が反対する。第一は母親で次が祖母。だからいくら宣伝しても効果がない」と聞き、映画の前半では殉職した飛行機乗りの妻の母性愛を、後半は陸軍航空機の進歩と強さを表現する方向性で脚本が練られた。
完成した当初の脚本は前半部はおおよそ完成作品と同じだが、後半は大きく異なっていた。
雄吉と喬は対立したまま戦争がはじまり、雄吉は前線に、喬も輸送飛行士に志願して前線に赴く。
ふたりはパレンバン空挺降下作戦の任務で再会するが、軍律の中で個人的な感情を言うことはできず、任務中に喬の乗った輸送機は敵機に襲われてしまう。
雄吉は喬の乗った輸送機を助け、なんとか輸送機を生還させるが喬は瀕死の重傷。雄吉は輸血を志願し、そのおかげで喬は一命をとりとめる。
輸血が間に合わず死亡する『燃ゆる大空』の意趣返しのような展開だが、諸事情でこれらの展開は変更され、完成作品では喬の「兄さんと僕とは身体を流れている血が全然違うんだ」という台詞にのみ名残がある。
第2稿では終盤に兄弟がP-40戦闘機の編隊と空中戦を展開する描写があったが、鹵獲したP-40の調達が難しく、B-17爆撃機1機のみが使用可能であったことから撮影プランが大幅に変更されたという。
実機からの航空撮影は『燃ゆる大空』以来となったが、機体性能が大幅に向上したことから撮影機材の仕様も大幅に変更され、機関銃の照準と連動するカメラが主翼上に、後方から追尾してくる被写体機を撮影するカメラが尾翼上に設置され、後方カメラは操縦席前方に装備されたバックミラーで画角を確認するという形になった。