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高坂昌信

こうさかまさのぶ

高坂昌信(大永7年(1527年)-天正6年5月7日(1578年6月12日))は、戦国時代の武将。甲斐武田氏の家臣で、武田四名臣の一人である。当初は「春日虎綱(かすが とらつな)」と名乗っていた。
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概要

甲斐国の百姓の春日大隅の子として生まれる。
父が亡くなった後、武田信玄のもとに仕え、奥近習として抜擢される。足軽大将に昇進すると、春日弾正と名乗った。その後、越後国の上杉軍の対する最前線にあたる海津領の守りに任される。
信玄からの重用も厚く、衆道の関係にもあったという。

また高い分析力と指揮力を有し、決して強引な攻めをしない引き際を知る戦いぶりから、真田幸隆の“攻め弾正”と対を成す【逃げ弾正】の異名も取ったという。

関連タグ

武田信玄 戦国時代 戦国武将
馬場信春 山県昌景 内藤昌豊

創作物における高坂昌信

信長の野望シリーズ
天翔記では信玄と相撲を行うと一定確率でとあるイベントが発生する。

戦国無双
武器:槍 CV:高塚正也(2) 山田真一(3)

三弾正が一・退き弾正の技、見ていただきましょう」(3Emp特殊セリフ)
駿河の木っ端武者ども、命捨てる覚悟はできたか 武田の恐ろしさ、あの世で語り継げ!」(3Z(猛将伝)・綾御前の章の駿河侵攻より)

2では智将モブ(馬場信房も同様)だったが、3では若返っている。3Empでは真田幸隆との特殊イベントがある。

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