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EF65PF

いーえふろくじゅうごぴーえふ

昭和44年に制作が開始された直流電気機関車EF65・1000番台の別称。
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概要

前期型

1969年より投入された、旅客・貨物列車に広く使用できる汎用機としてEF65500番代の機能を統合〈PF型〉、耐寒耐雪装備を充実させて設計されたバージョン。急造のF型とは違い重連設備は向きに関係なく使用可能となり、前面に貫通扉が設置されたのが外観上の特徴。
初期製造車は前面ガラス上部のつらら切りが装着されない姿で登場したが、やはり不都合があったのか短期間で装備されるよう改造された。

2020年現在、JR貨物所属の2050号機(1050号機から改番車)が本グループ唯一の稼働機として活躍。パンタグラフは後期型同様の下枠式に交換されたため、一見すると他車と区別は付かない。

後期型

1976年からの1056号機以降は設計が整理され、下枠交差パンタグラフPS22を採用。

1978年からは、劣化が激しかった東京機関区のP型の置き換え用として配備。東京駅始発の東海道本線山陽本線方面寝台特急ブルートレイン)牽引を一手に引き受けた。しかし性能限界レベルでの走行と、走行距離がとびぬけて多かったため2~3年に一度で全般検査に達してしまう(通常は5~6年に一度)程のハードな運用であった。加えて「はやぶさ」15両化による牽引定数オーバーを契機に、1985年にはより高速性能に優れたEF66に交代した。

最終増備車は下関区に残るEF58の置き換え用として配備され、関西発着ブルトレを中心にJR化後も2000年代中盤までブルトレ運用に就いていた。

なお温暖地での使用となるため、スノープラウとホイッスルカバーは東京機関区配置分は新製回着後に程なく撤去、下関区配置分は当初より省略された。


折しも当時のスーパーカーブームポスト存在として当時の年少者には絶大な人気があり、低年齢向けの玩具にも必ず製品化されていたスター的存在として君臨。
昭和50年代前半~半ばに物ごころの付いた世代は、鉄道に詳しくなくてもEF65という名前や九州寝台特急の列車名を知っている方は意外に多い。
また、当時Nゲージの黎明期であり、ブームであった頃、一番セールスを記録したのはこのPF型であり24系25形とともに各社から競って発売されたが、かなり品質や造形には差異や高低があったものである。

2020年時点で現役のEF65は、殆どがこのグループに属する車両である。


民営化後

国鉄民営化後はJR東日本JR西日本JR貨物に継承された。

JR東日本

東京の田端運転所に5両が在籍。急行「銀河」の廃止以降は定期運用が無く、現在は臨時列車や工臨に使用されている。
外観はほぼオリジナルだが、運転席の屋根上に台形のクーラーを搭載しているのが特徴。北関東東北方面の運用はEF64EF81が担当するため、本機の運用範囲は首都圏に限定される。このため稼働率が低く、年々数を減らしている。

JR西日本

山口県の下関総合車両所に10両が在籍。こちらも定期運用はないが、JR西日本管内の直流区間の全域を運用範囲とするため工臨での稼働率はそこそこ高い。
外観はグレーの床下とクリアテールが特徴で、スノープロウは未装着。約半数が京阪神や岡山に常駐しており、全車が下関に集うことは無い。1124号機はトワイライトエクスプレス色、他は国鉄特急色である。
2019年から運転台へのスポットクーラーの設置を進めており、右側の窓を排気ダクトに改造する工事が実施されている。

JR貨物

一時は高崎・岡山機関区にも在籍していたが、現在は新鶴見機関区のみの所属となっている。
車番は2012年より100km/h以下限定運用の意味で+1000され、2000番代となっている。
JR移行後、多数の試験塗装車が登場。その後延命更新工事で塗装変更した車輌も多く、細部もブレーキ強化車は赤ナンバープレートとされたほか、施工工場や時期によって個体により差異が生じている。
現在は重連運転を原則として行わない事から、エアホースは主ブレーキ管を除き撤去され、いささか味気ない見た目となってしまった。
2016年より塗装を国鉄特急色に復元している。これは更新車しか残存しなくなり、塗装で区別する必要が無くなったためである。

関連タグ

EF65 EF58 EF66 EF81 EF510

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