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北関東とは、関東地方の北側の部分を表す言葉。

概要

北関東とは、関東地方の北側を指す。概ね茨城栃木群馬の3県(北関東3県)のことである。対義語は南関東


地理的には関東の利根川以北を指すが、埼玉県の加須市北川辺地区は利根川の北にあり、茨城県五霞町は利根川の南にあるので、「北関東3県」とは微妙なズレがある。


簡単に言えば、関東地方東京都と東京に面した県(=首都圏。ただし首都圏には北関東を含めることもある)以外を指すが、広義には首都圏の一角である埼玉をも含む(後述)。


最大都市は宇都宮市で、高崎市がこれに次ぐ。ちなみに水戸市横浜市と並ぶ日本最古の「市」でもある。


特徴

中部から南東部にかけ広大な関東平野が広がり、北部と西部は山岳地帯になっている。


人口はおよそ700万人。人口規模では四国北陸を上回るが、それでも南関東に比べると、圧倒的に人口密度は低い。


製造業が盛んで、日立製作所富士重工など名だたるメーカーが本拠を構える一大工業地帯になっている。


保守的な土地柄で、バブルの頃は土地投機にあんまり熱心でなかったため「商売がヘタ」と言われがちだったが、バブルがはじけてみたら地元発祥のが全国展開してたり、県外発祥のDIY店を片っ端から叩き潰すホームセンターができてたりどえらいことになってるっぺよ。車社会と大型店が立ち並ぶ現代の全国地方都市は、ある意味みんな北関東化したといっても過言ではなくロードサイド文化の聖地、かもしれない。


ヤンキー文化が盛ん。クルマ社会を反映して、東京周辺では絶滅危惧種となった暴走族走り屋もまだ生息している。


方言は、群馬県および栃木県南部は多摩弁に近い西関東方言。茨城県と栃木県中北部は、福島県の方言に似た東関東方言が話されている地域となっている。


テレビは関東広域圏で栃木と群馬はさらに独立放送局がつくため深夜アニメ豊富地帯。その一方で放送局が少ないために情報発信力が弱いところがある。


交通

道路鉄道が東京方面への経路に偏っているために、東京には出やすい(関東北端の那須地域から東京に通勤する人もいる程である)が、地域内での交通の便が悪い。特に茨城県は、石岡市柿岡にある気象庁地磁気観測所の存在や他のJR線と比較した場合の常磐線の不便さ、加えて新幹線駅もないためなおさら酷い。茨城県南部や両毛地域(栃木群馬の県境付近)のような、それなりの人口密度があるところですら基本的にクルマ社会であり、自動車がないと満足に生活できない。もともとあったローカル線の多くは、既に廃線になったり本数が減らされたりしてしまった。


東武鉄道沿線各都市では東武バスが昭和末期まで網目のようにきめ細かに路線を張り巡らせていたが、モータリゼーションの進行に合わせて路線廃止と分割が相次いだため、一時期館林市桜川市のように路線バスが1路線も存在しない自治体が誕生したことがある。


近年は、交通が便利で生活の利便性が高い宇都宮線(東北新幹線)と高崎線(上越新幹線)、つくばエクスプレスの沿線に人口が集中する傾向にある。特に前者二つは湘南新宿ライン上野東京ラインの影響も大きい。


空路に関しては完全に南関東の羽田空港成田空港に依存していたが、2010年に茨城県にある百里飛行場の民間開放(茨城空港)により、初めて北関東に一般旅客用の空港が誕生した。これまで北関東は3県とも空港が遠い位置にあったが、これにより県庁から最寄り空港までの移動距離が100kmを越える都道府県は全国で群馬県のみとなった。


災害リスク

南関東に比べれば震災リスクは低いとされている。栃木県・群馬県は内陸で地盤のしっかりした地域が多いことと、関東地方の南方沖にある震源域である相模トラフ・駿河トラフから遠いため。しかし、海に接する茨城県は東日本大震災津波の直撃を受け、液状化現象も発生するなど(東北3県に比べれば比較にならないレベルではあるものの)大きな被害を被った。群馬県・栃木県が震災リスクが低いというのも南関東との比較の問題で、全土が地震の巣である日本国内である以上、大地震のリスクと無縁でないことは忘れてはいけない。


また、近年の気候変動により北関東だけではなく各地で深刻化している問題ではあるものの、フェーン現象が起こりやすい群馬県の関東平野部は特に暑くなりやすく、毎年「災害レベル」と称される猛暑に見舞われている。群馬県桐生市伊勢崎市では度々40度超えを記録している。


歴史

太古の昔、北関東のうち群馬県全域と栃木県南部は「毛野国」と呼ばれた。毛野の名は『古事記』や『日本書紀』にも残っており、毛野には大和吉備と並んで大規模な前方後円墳が早くから築かれていたことから、この3地域は大和朝廷の勢力下にあったと言われている。

なお、南関東は大昔その多くが海に沈んでおり、発展どころではなかった。


平安時代から鎌倉時代にかけて鎌倉武士が台頭、新田氏足利氏などの有力御家人はこの地域を本拠とした。鎌倉時代末期に新田氏の新田義貞や足利氏の足利尊氏が倒幕を主導し、尊氏は京都室町に新たな幕府を開いた。室町時代の関東は鎌倉公方(足利基氏の子孫が世襲)と、これを補佐するために設けられた関東管領(上杉氏が世襲)が対立する不安定な時代が長く続き、第5代鎌倉公方・足利成氏が関東管領・上杉憲忠を暗殺した事に端を発し全面的な内乱(享徳の乱)に発展してしまう。これが戦国時代の幕開けとなった。この地域の主要な戦国武将としては佐竹義重宇都宮広綱の名が知られている。あと戦国最弱の武将小田氏治が地味に有名。


江戸時代に入ると江戸北方の拠点としての性格が強くなる。まず日光には権現様が祀られ、そこに至る街道は参拝客で賑わった。水戸には徳川の御三家が鎮座し、徳川光圀徳川斉昭徳川慶喜等を輩出した。「上州」と呼ばれた群馬は後期には関東における養蚕業の一大拠点となり、明治時代には富岡製糸場が誕生し、日本の近代化に大きく貢献した。


埼玉を含むか、含まないか

歴史的には「利根川以北が北関東」、更に古い根拠では「源氏が治めた関東が北関東、平家が治めた関東が南関東」なので、埼玉は含まない場合が多いが、「東京の北にある」という括りから北関東に含む場合がある。企業でも「東京営業所」があるところにさらに埼玉に営業所を作る際に「北関東営業所」と名乗ることがある。

だが下記に示すように侮蔑的な価値観に基づいている場合も多く、安易なレッテル貼りは禁物である。


公式的な括りにおいては次の通り。


地方競馬における北関東

足利競馬場・宇都宮競馬場(栃木県)・高崎競馬場(群馬県)が、かつて存在していた。

南関東に対して、この3場は北関東と言われていた。

しかし、2003年に足利競馬場が、2004年には高崎競馬場が、そして2005年には宇都宮競馬場がそれぞれ廃止になり、北関東の競馬の歴史は幕を閉じた。

ちなみに埼玉県にある浦和競馬場は南関東扱いをされている。


衆議院選挙・比例代表における北関東

衆議院選挙・比例代表における北関東ブロックとは、栃木県群馬県茨城県埼玉県の4県を指す。

2014年の衆議院選挙における議員定数は20人。


この他、北関東自動車道は茨城、栃木、群馬を通るが埼玉を通らない。


ネット上では

インターネット掲示板やSNSなどにおいては、概ね田舎などと揶揄される対立煽りのネタにされる傾向が強い。特に「ださいたま」「グンマー」「ないんだな、それが」などの揶揄の強いものも存在する。大体これらのネタに含まれる情報は、現実を誇張したものから完全な架空のネタまであり、真に受けるようなものではないことにも留意。また大手マスメディアも東京23区の南側に多いため、関東南側の美化に熱心な傾向がある(20世紀あたりだと、雑誌などでかなり露骨に北側を馬鹿にしたものが多かった)。


北関東民の一部には「関東内でネタにされるのはいいが、他地方にはされたくない」という首都圏コンプレックス的な反発を起こすものもいる。曰く、関東以外には負けていないとの自負であるが、人口などの都市規模では宇都宮高崎が到底敵わない地方都市も多い。加えて肝心の東京への到達時間が北関東各地より早いところも存在する。


何より、前述の通り北関東は空港との縁がかなり薄いため、そもそも関東地方以外との結びつきが比較的弱く(陸路で直接繋がる長野・福島・新潟等は別)、そもそも他地方民の大半は北関東にあまり興味が無い。北関東民が四国や九州辺りにあまり関心が無いのと同じである。北関東の自治体が魅力度ランキングで上位に入ることがまずないのはこのためである。


埼玉が含まれるか否かについても、その判断基準が実は地理的要因ではなく「都会か田舎か」である場合が多く、「ださいたま」の蔑称とも無関係ではない(「ダサい」の語源は実は「田舎(だしゃ→ださ)」)。当の埼玉県民もその考え方に基づいて近年の発展を鑑みて「自分達は最早北関東ではない」と認識する傾向にあるが、そもそもその考え方自体が「北関東=田舎」と見下していることを忘れてはいけない。


都道府県魅力ランキングでは毎年下位になっており、ついに群馬県知事がブチギレたことでも有名。だが平成初期にこの手のランキングで連続最下位になっていたのは埼玉県(「ださいたま」の流行もその頃)。


関連タグ

茨城県 栃木県 群馬県 水戸市 宇都宮市 前橋市

関東地方 南関東

概要

北関東とは、関東地方の北側を指す。概ね茨城栃木群馬の3県(北関東3県)のことである。対義語は南関東


地理的には関東の利根川以北を指すが、埼玉県の加須市北川辺地区は利根川の北にあり、茨城県五霞町は利根川の南にあるので、「北関東3県」とは微妙なズレがある。


簡単に言えば、関東地方東京都と東京に面した県(=首都圏。ただし首都圏には北関東を含めることもある)以外を指すが、広義には首都圏の一角である埼玉をも含む(後述)。


最大都市は宇都宮市で、高崎市がこれに次ぐ。ちなみに水戸市横浜市と並ぶ日本最古の「市」でもある。


特徴

中部から南東部にかけ広大な関東平野が広がり、北部と西部は山岳地帯になっている。


人口はおよそ700万人。人口規模では四国北陸を上回るが、それでも南関東に比べると、圧倒的に人口密度は低い。


製造業が盛んで、日立製作所富士重工など名だたるメーカーが本拠を構える一大工業地帯になっている。


保守的な土地柄で、バブルの頃は土地投機にあんまり熱心でなかったため「商売がヘタ」と言われがちだったが、バブルがはじけてみたら地元発祥のが全国展開してたり、県外発祥のDIY店を片っ端から叩き潰すホームセンターができてたりどえらいことになってるっぺよ。車社会と大型店が立ち並ぶ現代の全国地方都市は、ある意味みんな北関東化したといっても過言ではなくロードサイド文化の聖地、かもしれない。


ヤンキー文化が盛ん。クルマ社会を反映して、東京周辺では絶滅危惧種となった暴走族走り屋もまだ生息している。


方言は、群馬県および栃木県南部は多摩弁に近い西関東方言。茨城県と栃木県中北部は、福島県の方言に似た東関東方言が話されている地域となっている。


テレビは関東広域圏で栃木と群馬はさらに独立放送局がつくため深夜アニメ豊富地帯。その一方で放送局が少ないために情報発信力が弱いところがある。


交通

道路鉄道が東京方面への経路に偏っているために、東京には出やすい(関東北端の那須地域から東京に通勤する人もいる程である)が、地域内での交通の便が悪い。特に茨城県は、石岡市柿岡にある気象庁地磁気観測所の存在や他のJR線と比較した場合の常磐線の不便さ、加えて新幹線駅もないためなおさら酷い。茨城県南部や両毛地域(栃木群馬の県境付近)のような、それなりの人口密度があるところですら基本的にクルマ社会であり、自動車がないと満足に生活できない。もともとあったローカル線の多くは、既に廃線になったり本数が減らされたりしてしまった。


東武鉄道沿線各都市では東武バスが昭和末期まで網目のようにきめ細かに路線を張り巡らせていたが、モータリゼーションの進行に合わせて路線廃止と分割が相次いだため、一時期館林市桜川市のように路線バスが1路線も存在しない自治体が誕生したことがある。


近年は、交通が便利で生活の利便性が高い宇都宮線(東北新幹線)と高崎線(上越新幹線)、つくばエクスプレスの沿線に人口が集中する傾向にある。特に前者二つは湘南新宿ライン上野東京ラインの影響も大きい。


空路に関しては完全に南関東の羽田空港成田空港に依存していたが、2010年に茨城県にある百里飛行場の民間開放(茨城空港)により、初めて北関東に一般旅客用の空港が誕生した。これまで北関東は3県とも空港が遠い位置にあったが、これにより県庁から最寄り空港までの移動距離が100kmを越える都道府県は全国で群馬県のみとなった。


災害リスク

南関東に比べれば震災リスクは低いとされている。栃木県・群馬県は内陸で地盤のしっかりした地域が多いことと、関東地方の南方沖にある震源域である相模トラフ・駿河トラフから遠いため。しかし、海に接する茨城県は東日本大震災津波の直撃を受け、液状化現象も発生するなど(東北3県に比べれば比較にならないレベルではあるものの)大きな被害を被った。群馬県・栃木県が震災リスクが低いというのも南関東との比較の問題で、全土が地震の巣である日本国内である以上、大地震のリスクと無縁でないことは忘れてはいけない。


また、近年の気候変動により北関東だけではなく各地で深刻化している問題ではあるものの、フェーン現象が起こりやすい群馬県の関東平野部は特に暑くなりやすく、毎年「災害レベル」と称される猛暑に見舞われている。群馬県桐生市伊勢崎市では度々40度超えを記録している。


歴史

太古の昔、北関東のうち群馬県全域と栃木県南部は「毛野国」と呼ばれた。毛野の名は『古事記』や『日本書紀』にも残っており、毛野には大和吉備と並んで大規模な前方後円墳が早くから築かれていたことから、この3地域は大和朝廷の勢力下にあったと言われている。

なお、南関東は大昔その多くが海に沈んでおり、発展どころではなかった。


平安時代から鎌倉時代にかけて鎌倉武士が台頭、新田氏足利氏などの有力御家人はこの地域を本拠とした。鎌倉時代末期に新田氏の新田義貞や足利氏の足利尊氏が倒幕を主導し、尊氏は京都室町に新たな幕府を開いた。室町時代の関東は鎌倉公方(足利基氏の子孫が世襲)と、これを補佐するために設けられた関東管領(上杉氏が世襲)が対立する不安定な時代が長く続き、第5代鎌倉公方・足利成氏が関東管領・上杉憲忠を暗殺した事に端を発し全面的な内乱(享徳の乱)に発展してしまう。これが戦国時代の幕開けとなった。この地域の主要な戦国武将としては佐竹義重宇都宮広綱の名が知られている。あと戦国最弱の武将小田氏治が地味に有名。


江戸時代に入ると江戸北方の拠点としての性格が強くなる。まず日光には権現様が祀られ、そこに至る街道は参拝客で賑わった。水戸には徳川の御三家が鎮座し、徳川光圀徳川斉昭徳川慶喜等を輩出した。「上州」と呼ばれた群馬は後期には関東における養蚕業の一大拠点となり、明治時代には富岡製糸場が誕生し、日本の近代化に大きく貢献した。


埼玉を含むか、含まないか

歴史的には「利根川以北が北関東」、更に古い根拠では「源氏が治めた関東が北関東、平家が治めた関東が南関東」なので、埼玉は含まない場合が多いが、「東京の北にある」という括りから北関東に含む場合がある。企業でも「東京営業所」があるところにさらに埼玉に営業所を作る際に「北関東営業所」と名乗ることがある。

だが下記に示すように侮蔑的な価値観に基づいている場合も多く、安易なレッテル貼りは禁物である。


公式的な括りにおいては次の通り。


地方競馬における北関東

足利競馬場・宇都宮競馬場(栃木県)・高崎競馬場(群馬県)が、かつて存在していた。

南関東に対して、この3場は北関東と言われていた。

しかし、2003年に足利競馬場が、2004年には高崎競馬場が、そして2005年には宇都宮競馬場がそれぞれ廃止になり、北関東の競馬の歴史は幕を閉じた。

ちなみに埼玉県にある浦和競馬場は南関東扱いをされている。


衆議院選挙・比例代表における北関東

衆議院選挙・比例代表における北関東ブロックとは、栃木県群馬県茨城県埼玉県の4県を指す。

2014年の衆議院選挙における議員定数は20人。


この他、北関東自動車道は茨城、栃木、群馬を通るが埼玉を通らない。


ネット上では

インターネット掲示板やSNSなどにおいては、概ね田舎などと揶揄される対立煽りのネタにされる傾向が強い。特に「ださいたま」「グンマー」「ないんだな、それが」などの揶揄の強いものも存在する。大体これらのネタに含まれる情報は、現実を誇張したものから完全な架空のネタまであり、真に受けるようなものではないことにも留意。また大手マスメディアも東京23区の南側に多いため、関東南側の美化に熱心な傾向がある(20世紀あたりだと、雑誌などでかなり露骨に北側を馬鹿にしたものが多かった)。


北関東民の一部には「関東内でネタにされるのはいいが、他地方にはされたくない」という首都圏コンプレックス的な反発を起こすものもいる。曰く、関東以外には負けていないとの自負であるが、人口などの都市規模では宇都宮高崎が到底敵わない地方都市も多い。加えて肝心の東京への到達時間が北関東各地より早いところも存在する。


何より、前述の通り北関東は空港との縁がかなり薄いため、そもそも関東地方以外との結びつきが比較的弱く(陸路で直接繋がる長野・福島・新潟等は別)、そもそも他地方民の大半は北関東にあまり興味が無い。北関東民が四国や九州辺りにあまり関心が無いのと同じである。北関東の自治体が魅力度ランキングで上位に入ることがまずないのはこのためである。


埼玉が含まれるか否かについても、その判断基準が実は地理的要因ではなく「都会か田舎か」である場合が多く、「ださいたま」の蔑称とも無関係ではない(「ダサい」の語源は実は「田舎(だしゃ→ださ)」)。当の埼玉県民もその考え方に基づいて近年の発展を鑑みて「自分達は最早北関東ではない」と認識する傾向にあるが、そもそもその考え方自体が「北関東=田舎」と見下していることを忘れてはいけない。


都道府県魅力ランキングでは毎年下位になっており、ついに群馬県知事がブチギレたことでも有名。だが平成初期にこの手のランキングで連続最下位になっていたのは埼玉県(「ださいたま」の流行もその頃)。


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