概要
スピード・オブ・ヒート(The Speed of Heat)とは、アメリカの作曲家ジュリー・ジルー(Julie Ann Giroux)の作曲による吹奏楽曲。
アメリカ空軍アカデミーバンドの隊長兼指揮者であったラリー・H・ラング中佐からの委嘱(いしょく)を受けて2010年に作曲され、ムジカ・プロプリア(Musica Propria)から出版されている。楽曲のグレードは6。
この曲はアメリカ空軍が誇る最新鋭の戦闘機、F-22 ラプター(F-22 Raptor)とそのパイロットの冒険がモチーフになっており、戦闘機にまつわる複数のシーンの描写によって構成されている。また、曲中の各セクションにつけられている題名は、ファイターパイロットたちが実際に用いているスラング(軍事用語)をベースにして名づけられている。
作戦空域への出撃、敵機とのコンタクト、緊迫したドッグファイトと墜落からの生還、急加速による音速の突破の試みなど、映画さながらの展開がおよそ10分半の演奏時間のなかに散りばめられている。
曲の構成
F-22 ラプター("The F-22 Raptor")
Allegro ♩=128 4分の4拍子 1小節目~
アメリカ空軍の最新鋭戦闘機、F-22 ラプターとそれに搭乗するパイロットの、作戦空域への出撃と冒険の始まりを描く。
ところどころに2拍3連を織り交ぜたマリンバ、かすかな予兆を見せるグロッケンの響きで幕を開けた曲は、ティンパニのリズムと伸びやかなオーボエに導かれながら徐々に力強さと高揚感を増していく。
トランペットをはじめとする金管楽器の軽やかな3連符と木管楽器の2拍3連を主体とした緩やかなフレーズが交互に見せる絡み合い、快活なスネアドラムの刻みや高らかに吠えるホルンは、離陸した戦闘機が空高く舞い上がっていくさまを思わせる。
空戦への高揚感("Fangs Out")
4分の3拍子(+4分の4拍子、8分の3拍子) 39小節目~
”Fangs Out”とは、戦闘機のパイロットが敵機との空中戦を前にして昂(たかぶ)る様子を意味する。
マイナーコードに移った曲調と、8分音符と16分音符による確固としたリズムで不穏さと緊迫感を増した曲は、ホルンの猛りを頂点としていったん落ち着きを取り戻す。
交戦開始("Let's Dance")
♩=132 4分の3拍子および8分の5拍子 52小節目~
敵機を捕捉し、これを追撃するF-22のドッグファイトの様子を、敵機とのダンスに見立てている。
木管楽器とシロフォンが後打ちを重ねるなか、アルトサックスが3拍子と2拍子の複合による躍動的なメロディを歌い上げ、クラリネットをはじめとする木管楽器がそれに続いていく。
また、セクションの終盤では拍子が8分の5拍子へと変化し、ホルンやファゴットがこれまでとは異なった表情をのぞかせる。
ターゲットロック、興奮と不安(“Padlocked” & “Beaded Up”)
♩=132 4分の4拍子 115小節目~
空中戦の末に敵機を射程内に捉えたパイロットが、極限状態のなかで興奮と不安を覚えるシーンを描く。
曲はマイナーコードによる緊張感はそのままに3連符を主体とした動きのある展開に移り、複雑に重なり合うクラリネットとフルート、グロッケンとマリンバが揺れ動くパイロットの感情や、激しく機動する戦闘機同士のドッグファイトを表現する。
被弾と走馬燈(“Heater Shpanked”& Flash backs)
♩=70 4分の4拍子(4分の3拍子、4分の5拍子) 148小節目~
ドッグファイトの最中に敵機の放った熱探知ミサイル(Heat Seeker)が直撃し、墜落していく機体のなかでパイロットは走馬燈を見る。
緩まるテンポと6連符を主体としたシロフォンの細やかなメロディ、伸びやかなホルン、サックスらによるフレーズが被弾して墜落していく機体、激戦の末の敗北を示すと、さらなるmolto rit.の指示によってパイロットの見る安らかな一瞬一瞬の走馬燈が優しくも力強い情景となって展開されていく。
死地からの生還(“N.F.O.D.”&“Punch Out")
♩=64 4分の3拍子 168小節目~
"N.F.O.D."とは、No Fear of Death(死の恐怖がない状態)の略語。
走馬燈から覚めたパイロットは、墜落する機体から射出座席を起動して脱出(Punch Out)し、九死に一生を得る。
マリンバが16分音符の細かな音を並べていく上でオーボエとフルートがひとときの安堵(あんど)を穏やかに歌い上げ、トランペットとホルンのユニゾンがそれに応えていく。
ふたたびの出撃(Back in a “Zoombag”)
♩=132 4分の4拍子 211小節目~
"Zoombag"とは、パイロットの着用するフライトスーツを意味するスラング(軍事用語)。
基地に生還したパイロットが、ふたたびフライトスーツに身を包んでF-22とともに出撃するシーンを描く。
ティンパニによるピアノの3連符を起点とし、ミュートをつけたトロンボーン、広がりを見せるクラリネットらのフレーズが新たな展開を予感させ、金管楽器の力強いトゥッティを契機としてふたたび大空へと舞い上がっていく。
スピード・オブ・ヒート(“The Speed of Heat”)
♩=140 4分の4拍子(+4分の3拍子) 229小節目~
セクションの名前、ひいては曲そのものの題名になっている"The Speed of Heat"とは、「周囲の景色がゆがんで見えるほどの非常に速い状態」を意味している。
スネアドラムとシロフォン、駆け上がるクラリネットがテンポの急激な巻き上がりを告げると、曲はアフターバーナーを焚いたかのような急激な加速を始める。
うねりながら連符を並べる木管楽器と烈しくせき立てる金管楽器が交互に登場しながら、テンポはさらなる加速(♩=148)を試みようとする。
音の壁を超えて(Breaking the Sound Barrier)
4分の4拍子 294小節目~
金管楽器が2分音符と全音符による音速の壁(Forte Warm wall of Sound)を打ち立て、木管楽器の連符がそれを破ろうとするF-22とパイロットを描写する。
"GAP"("Gauges All Pinged")
♩=148 4分の3拍子+4分の2拍子 305小節目~
"GAP"とは、コクピット上の計器がすべて振り切れている状態(Gauges All Pinged)を指す略称。
機体性能の限界まで到達し、すべての計器が限界値を示して悲鳴を上げる様子を、パズルのように複雑に組み合わさったリズムで表現する。
猛烈な速力によって激しいゆがみを見せながらもなお突き進んでいく曲は、その果てにトランペットら金管楽器の頭打ちと木管楽器による裏拍の組み合わさった強烈なフィナーレによって終わりを告げる。
主な演奏団体(関連動画)
アメリカ空軍アカデミーバンド(The United States Air Force Academy Band)
ミッドウェスト・クリニック2012 アメリカ空軍バンド(Midwest Clinic 2012 The United States Air Force Band)
ヴェスチデンス・ムシークコルプス(Vestsidens Musikkorps)