アジ電車
あじでんしゃ
日本国有鉄道の労使紛争が激しかった1970年代に多く見られた。名前に電車と含まれているが、気動車やメインイラストのように機関車、客車、貨車にも見られた。
日本でも労働運動が激しかった時代の象徴であり、人によっては国鉄暗黒時代の象徴ともされる。
国鉄職員は国家公務員と同等の扱いであるためストライキは許されていない。しかし国鉄労働組合(国労)、国鉄動力車労働組合(動労)などの左翼系労組は、スト権ストと呼ばれるストライキ権を要求するストライキを繰り広げたり、法律や業務規則を厳格に遵守することで意図的に作業能率を落とす遵法闘争などを行っていた。
このスト権ストや順法闘争などに対する職員の士気を高めるために列車の車両にスローガンを大書きしたり、あるいはビラやステッカーを貼りつけたりした。目的があくまでもアジテーションであるため、当初は車両そのものを破壊するようなことはなく、落書きもチョークか消石灰を水に溶いたものを使用して、闘争期間が終わればすぐに落とせるようにしたり、花形商品である特急型車両や新幹線電車には行わないなどの配慮がされたりした上で実行された(ただし実際には新幹線やディーゼル特急、幕張電車区の183系0番代にスローガンが書かれたものが存在した)。
アジ電車は国鉄以外の大手鉄道企業体では東武鉄道でも見られた。一時通勤車がクリーム色に塗られていたのは石灰を溶いた塗料で落書きをしても意味が無いようにするためと言われている。また、北海道の炭鉱系私鉄でもアジテーションの書き込みがされた蒸気機関車や客車などが見られたほか、秩父鉄道や長野電鉄などの中小私鉄でも労働運動が盛んだった頃に行われていた様子が写真に残されている。
但し商品たる列車の価値を毀損するという時点で、器物損壊罪の立件は十分に可能である。放尿でも成立するほか、アジビラについても判例あり(最決昭和46年3月23日)。
後年になるとペンキで落書きがされるようになったのでそれらを消した痕跡が今でも見られる場所がある(鉄道博物館収蔵のC57形など)。