イカヅチ(ダイレンジャー)
いかづち
阿古丸「イカヅチは私が蘇る時、一緒に連れてきた忠実な家来だ」
登場話数:第42話「母ちゃん一直線」、第43話 「激白 禁断の過去」、第44話 「感動!! 君も泣け」
地獄に生息していたという異形の怪物。
カニのように横に広がった異形の胴体や、それも含めた全身を覆う硬質な外殻、それに肩や頭からから生えている多数の鉤爪状の突起が特徴。所謂ゴーマ怪人の括りではないものの、彼らと同様に一つ目を胴体の中央に備えてもいる。
記事冒頭に示した台詞にもあるように、阿古丸がゴーマ十五世の計らいで地獄より釣り上げられた際に一緒に現世に現れ、そのまま彼に忠実に付き従うようになった。人語は喋らないとはいえ、主である阿古丸とは心を通わせているようで、彼の持つ吹き戻しの音に反応して何処からともなく姿を現す他、阿古丸の哀しみの感情に呼応して涙を流したこともある。
武器は両腕に備わった鉤爪と目から放つ光線、それに全身から電撃のように放つ強力な妖力波。阿古丸の命令により自力で巨大化することも可能な他、その阿古丸と「妖力合身」することにより、より強力な攻撃を繰り出すこともできる。
一方で、巨大化時には大連王すら手こずらせるほどの強い妖力の持ち主であるがゆえに、同じく強い妖力の持ち主であることが作中で言明されているパチンコ大名人と同様に、イカヅチの存在そのものが大神龍の再度の到来という事態を招いたのでは、と推察する向きもある。
阿古丸が身柄を確保していたコウの母親の幽閉先である、とある神社を警護していたのが作中での初出であるが、その際にイカヅチが付けた足跡が、付近で遊んでいた子供達に見付けられてしまい、逃げ出した彼等を通してリンにコウの母親の所在を突き止められる事態に繋がってしまう。
もっともリンに見つかったとはいえ、イカヅチも彼女一人では太刀打ちできないほどの強さを示してその行く手を阻み、阿古丸がコウの母親を連行するまで時間を稼いでみせると、さらに阿古丸からの指示で巨大化。これに立ち向かった気伝武人・龍星王を妖力波で圧倒してみせた。
しかもこの強い妖力波の影響で、行方をくらましていたコウが再び姿を現し、ゴーマの血に操られる形でウォンタイガーと共に龍星王に襲いかかるという事態まで発生。間の悪いことに、宇宙に帰っていったはずの大神龍までも再来し、その混乱に紛れる形でイカヅチはその場から姿を消した。
その後、ゴーマ十五世が突如方針を転換してコウの母親の抹殺をシャダム中佐達に命じ、彼等がその支障である阿古丸を排除しようとする中、対する阿古丸もイカヅチを呼び出して抵抗に及ぶが、そこにコウの母親の残した指輪の導きでダイレンジャーも現れ、彼女を巡って三つ巴の戦いが勃発することとなる。
この事態を前に、阿古丸はイカヅチを再度巨大化させてダイレンジャーにけしかけ、再び龍星王と干戈を交えたイカヅチはここでも優位に戦闘を進める傍ら、コウの母親を救い出そうとしたホウオウレンジャーをも妨害してみせるが、白虎真剣の捨て身の行動でコウの母親の身柄はリンの手に渡ってしまい、イカヅチも龍星王からの反撃を喰らって一時撤退を余儀なくされてしまう。
コウの母親がダイレンジャーの手に渡り、その失態を問われる形で阿古丸がゴーマから追放されるという憂き目に遭うと、彼と共にそれを悲しんで涙を流し、コウを救わんとすべくダイレンジャーとコウの母親が彼の元へと向かおうとした際には、阿古丸と妖力合身して彼らの前に立ち塞がり、その圧倒的な力でダイレンジャーを窮地に追い込んだ。
さらに、再度姿を現したキバレンジャーがウォンタイガーを呼び出し、リュウレンジャーが大連王でこれを抑え込んでコウを救い出そうとすると、阿古丸の命令で三度巨大化して大連王を苦戦させるが・・・ここでコウの母親が阿古丸とコウに秘められた真実を打ち明けるに至り、動揺した阿古丸はその場から逃走。するとイカヅチもそれに連動して混乱、遂には暴走を始めてしまう。
その後、コウの母親による洗礼の儀式を守ろうとする大連王を、なおも妖力波で痛め付けるイカヅチであったが、やがて儀式が完了しコウがゴーマの血から解放されると形勢は逆転。母との最期の約束を守るべく復活したキバレンジャーとその帰還に気力が湧き立つダイレンジャーが一気に決着を付けるべく重甲気殿に合体。涙をぬぐい覚悟を決めたコウの号令による大圧殺をモロに喰らい、とうとう倒されたのであった。
デザインは篠原保が担当。それまで手掛けていたゴーマ怪人が、軒並み下半身がタイツのみのシンプルな出で立ちばかりであったことから、タイツ怪人ではない、ボリュームを出す喜びだけで描いていると後年のインタビューにて述懐している。
阿古丸との妖力合身については、デザイン画にも「阿古丸・パワードアーマー」の仮称があることから当初より前提として考えられていたようで、そちらについては「考え過ぎるとその通りに作っちゃって逆に上手く行かないことがある」という判断から、そこまで深く考えずになるべく阿古丸の姿を隠せるような描かれ方となっている。