オラン・ペンデク
おらんぺんでく
インドネシアのスマトラ島で目撃されるという類人猿型のUMAで、身長は80㎝~1m50㎝と小柄である。
名前は「背の低い人」という意味で、全身が茶色もしくは暗灰色の毛で覆われており、頭髪は鬣のようにボリュームがあり、樽形の胴に長い腕を持つ。
臆病であるが木をひっくり返すほどの力を持ち、虫や蛇など小動物の肉、ドリアンなどの果実、木の若芽やパフールという草を好んで食べる。
現地では13世紀頃から目撃例が記録されており、1917年にオランダの博物学者エドワルド・ヤコブソンが『オラン・ペンデク遭遇談』を記し、逃げる際に「後ろ足で地面を蹴った」という地元の目撃談からオランウータンとは異なる未知の類人猿であると論じている。
1989年から1993年にかけて、イギリスの自然保護派ジャーナリストであるデボラ・マーティルが、同地のクリンチ山において既存の生物とは異なる足跡を発見し石膏で型を取り、その三年後に自ら目撃することに成功し、やはり図鑑や動物園では見たことが無い未知の類人猿であったと報告した。
2001年9月にはイギリスの科学者アンドリュー・サンダーソン、キース・トウリー、アダム・デイビスの三名がガナン・トゥジュ湖周辺を調査して足跡を発見し、その様子がBBSで放映され、続く2003年6月にイギリスの動物学者リチャード・フリーマン、科学ライタージョン・ヘア、クリス・クラークの三名が二足歩行する生物の足跡と、パフールを食いちぎった跡を発見している。
なおフローレス島で発見された1万3000年ほど前の人骨は成人の身長が1mしかなく、「ホモ・フローレシエンシス」という学名が与えられているが、オラン・ペンデクはこのフローレスマンと呼ばれる小型人類の生き残りであるという説がある。
しかしユーヴェルマンス、ベルナール著の『未知の動物を求めて』(1981年)によると、ジャワ島のブイテンツォルク博物館が入手した足跡を分析した結果、ムメルマン博士によってマレーグマのものであると結論づけられているという。
オランとはマレー語「人」という意味で、オランウータンであれば「森の人」という意味になる。