概要
1933年11月に「精機光学研究所」として創業。1937年に企業に転換しているが、この時は「精機光学工業」であった。
1947年に「キヤノンカメラ」と改名、1969年にカメラの文字を外した現在の会社名となっている。
近年では従来のカメラなどの光学機器に加え、プリンター等のPC周辺機器や複写機、映像機器なども製造している大手電機機器メーカーのひとつでもある。
読みはキャノンだが、公式なカタカナ表記は「キヤノン」(ヤが大文字)が使われている。
ちなみに発足当初はブランドネームを「KWANON」(カンノン)としていた。これは観音菩薩から来ている。カメラの製作において上手くいくように観音菩薩の慈悲に預かりたい、との創業者の思いからとされる。のち、ほどなくして国際展開を見据えるにあたって外国の人にも理解してもらえるようにとの目論見の元、現在のものに変更した。
ライバルとして目されるニコンだが、創業はニコンの方が先(1917年、キヤノンは1937年)。しかし、ニコンはもともと海軍用の光学機器を開発・製造するために設立された半ば国策企業で、キヤノン創業時はカメラに参入しておらず、その後一眼レフ用レンズ「Nikkor」で参入するが、カメラ本体は製造していなかった(現在もTAMRON・TOKINAなどレンズ専門・レンズ主体のメーカーは存在する)。なんと戦前のニコンはキヤノン製ボディ(カメラ本体)用レンズを製造・販売していたのである。日本カメラ市場情勢は複雑怪奇……
ちなみにキヤノンは創業時、陸軍の砲兵隊長の技術協力を得ている。
しかしその海軍の需要がなくなったことで1948年にニコンがスチルカメラに参入、ニコンの技術力に対してキヤノンは「どうしても一歩及ばず」万年二番手が定位置になってしまったこともあり、経営多角化に乗り出した。
カメラ商品は良くも悪くも家電におけるソニーポジで、そのこだわりようはカメラ一筋を貫いているニコンよりも重症。本来、廉価機であるべきハーフ判カメラや110カメラ(ポケットインスタマチックシステム)にも高性能AEをブチ込まずにいられず結果他社製品より高価くなってしまう傾向がある。
しかし、単純に光学面だけではなく「カメラというシステム」の研究は、電子機器分野に参入したことで高められ、1987年、世界のカメラ史上に残ると言って過言ではない『EOS 650』として結実する。EOSシリーズ展開後はニコンを猛追し、『EOS 1』でニコンのフラッグシップ『F-4』と評価で対等に並ぶ一方、ミドルクラスでありながら3点自動選択式マルチポイントAFを搭載した『EOS 10』、続いてボディとしての素性をそのEOS10並みにしたエントリークラス機『EOS Kiss』(初代)を発売し、それまでニコンと価格帯で棲み分けていたミノルタ・オリンパス・ペンタックスの居場所を奪い始める。
デジタルスチルカメラ全盛期となって、他社が銀塩フィルムからの切り替えで手間取る中、電子機器メーカーとしても水準以上のキヤノンは我が世の春となり、もともとキヤノンほど技術力のない3社に引導を渡し、ニコンも一時期倒産寸前になるほどにまで追い詰めた。
ただし旧来の悪癖は治っておらず、コンパクトデジタルスチルカメラの『PowerShot』は、家電系から参入した似たような役どころの一社を除いて小型化のためにSDカードを採用する中、耐久性で勝るコンパクトフラッシュに固執して小型化の波に乗り遅れたりしている。ただし、この時までに増殖しまくったいわゆる“EOS党員”がカメラ初心者に「とりあえずキヤノンなら間違いない」とか刷り込むもんで、PowerShotが市場で存在感を失うことはなかった。
「EOS党員」
よく「キヤノン製品は優等生過ぎて、通好みのポイントが少ない」と言われ、「ニコンにはマニアがいるが、キヤノンにはユーザーしかいない」などといった言葉も聞かれる。しかも、キヤノン自身がこう言う認識っぽい。
だが、キヤノンカメラマニアは確実に存在する。「ニコンは確かに世界一だった、1987年2月28日まではな!!」(翌3月1日がEOS650の発売日)というノリのEOS党員は増殖の一途。上の言葉を投げかけると「EOSには愛好家がいるが、ニコンにはジジィしかいないの間違いだろうが!!」と怒り出す連中(所謂「EOS党員」)は確実に居るのでEOSユーザーには禁句。
キヤノンマニアにはニコンマニアとの明らかな違いが2つある。ひとつは、FDマウント時代までとEOS以降とのそれぞれのマニアに深い溝があり、後者のEOS党員はキヤノン旧機種に対しても「先進性こそがキヤノンの伝統であり、それがEOSを生んだ」(つまるところ前述の何が何でも高性能AEブチ込みたがる気質)と肯定的だが、逆にFDマウント時代のキヤノン機マニアはニコン党員に近い気質があって、EOSに否定的、下手をすると親の仇ばりに憎んでいる人もいる。
もうひとつは、EOS党員のノリは「他社一眼レフに技術で負けることなどEOSにあってはならぬこと」なので、旧機種は旧機種でいくらでも褒められる反面、新製品が出ると割合すんなり受け入れる傾向があること。この点、ミラーレス機に急性アレルギー反応を示すニコン党員とは対照的と言える。
ただしこれは『EOS Kiss』(初代)発売後の話。それ以前は主にミノルタ機に対抗するためのエントリーラインの機種(630、750/850、1000など)は「これじゃEFレンズが嵌まるオートボーイ(キヤノンの銀塩時代のAFコンパクトカメラ)じゃねぇか!!」と派手にぶっ叩いた。
正直言って「キヤノンに非ずんばAEカメラに非ず」という勢いで他社機を見下しきっているので、ニコン機にカメラグランプリを持っていかれた年は「キ────ッ!! くやし────────ッ!!」と吹き上がってるEOS党員はザラに見られる。ちなみに、αシステムなんぞは端っから「EOSの肥やし」だと思っているためソニー機が受賞してても「解ってねぇなぁ……」で終わる。
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