概要
セイコーグループ(以下セイコーGHD)と直接の資本関係はなく、別経営の独立した会社であるが創業家である服部家が株主である事からセイコーグループの一つとされる。
事業
創業事業である時計事業もセイコーブランド向けの製品や吸収合併したオリエント時計が製造していた機械式時計ブランドORIENTの開発・生産、ムーブメントの外販等を続けているものの、収益の割合は10%未満であるとされる。その一方『EPSON』ブランドのプリンター・スキャナ・プロジェクター、パソコン(過去にはNECのPC-9800の互換機などを手掛けたが、現在は孫子会社の「エプソンダイレクト」によるEndeavorブランド。BTOによる直販や東京のビックカメラ(有楽町・池袋本店のみ)や北海道・東北・九州以外のエディオンの一部店舗での展示・発注をしている)、半導体類、産業用ロボットなどを手掛けている。
歴史
- 昭和17年、服部時計店(現在のセイコーGHD)の元従業員で諏訪市で時計の小売・修理業を営んでいた山崎久夫により、大和工業(だいわこうぎょう)として創業。その後服部家と第二精工舎( 現在のセイコーインスツル・SII )の出資を受け協力会社としてとして腕時計の部品製造や組み立てを行っていた。
- 昭和18年に第二精工舎が工場を諏訪市に疎開、終戦後も留まり大和工業を関係を強める。
- 昭和34年に大和工業が第二精工舎の諏訪工場を営業譲受し、諏訪精工舎となった。
- 昭和36年に子会社として信州精器(後のエプソン【旧社】)を設立。
- 昭和58年、エプソン製品の販売や卸売を担当する子会社「エプソン販売」設立。
- 昭和60年に諏訪精工舎とエプソンが合併、現在の社名に商号を変更。
- 平成5年、エプソン販売の100%子会社「エプソンダイレクト」を設立、翌年からPC/AT互換機(DOS/V機)『Endeavor』の出荷を開始。(後にパソコン事業はこの会社に集約、2004年から『EPSON』ブランドに。)
- 平成9年にはオリエント時計の筆頭株主になる、平成13年には子会社化、平成21年に完全子会社化し、平成29年に吸収合併。
- 平成15年に東京証券取引所第一部に上場。これによりセイコーの孫請け企業からの脱却を図った。
- 平成29年にアメリカの原発子会社の経営破綻等の影響で東証二部に降格した東芝に代わって日経平均株価と東証株価指数の構成銘柄に選ばれる。
セイコーGHDとの関係
前述どおりセイコーGHDとの資本関係はないが、後に完全子会社化する計画もあった。
しかし企業規模や株式の時価総額が両社との間で約7倍から約10倍の差があった。もし完全子会社化に成功すればセイコーGHDからの影響力(ジャイアニズム化)は増すものの、エプソンからの株主達から株主代表訴訟を起こされたら敗北する可能性が高かった為に実現には至らなかった。同じ時期に創業家である服部家の内部ではお家騒動があった為にそれどころでは無かったのである。
その他
EPSONという名称は過去発売した電子プリンター(Electric Printer)の子供(son)からとっているが、現在ではEPSON PRINTERの略として使われているケースが殆どである。
関連タグ
中嶋悟 - 日本人初のF1フル参戦ドライバーで現役時代に乗るマシンにエプソンのロゴが描かれた事により、企業として躍進するきっかけとなった人物。
マンチェスター・ユナイテッド 松本山雅FC-現在スポンサードを行っているサッカーチーム。
キヤノン ヒューレット・パッカード - プリンター事業における永遠のライバル。
ブラザー工業 - プリンター事業では海外でシェアが高い。
NEC - 過去にPC-9800シリーズの互換機を巡って対立していた。
富士フイルムビジネスイノベーション(FFBI) 京セラ - レーザープリンターのOEM供給元。FFBIの親会社である富士フイルムとは打倒キヤノンにおける同盟関係。