ピクシブ百科事典

ジネディーヌ・ジダン

ずつきのひというな

ジネディーヌ・ジダンとは、ユベントスやレアル・マドリードで活躍したアルジェリア系フランス人。

重ねて言うが、頭突きの人扱い厳禁

人物

1990年代後半から引退する2006年まで、「世界最高のサッカー選手」と讃えられたアルジェリア系フランス人。
「宇宙人」とすら例えられた変態的テクニックから生まれるプレイは、ファンから「生まれ変わるならジダンになりたい」と言わしめた。(※この時「ハゲても良いのか?」と返されるのがお約束)
その類稀なセンスから、かのナポレオンに例えられたミシェル・プラティニ(現UEFA会長)の後継者として、「新将軍」の異名を持つ。

来歴

1972年にアルジェリアから移住してきた両親の間に、マルセイユにて生まれる。ちなみに4男1女の末っ子。
キャプテン翼」の影響を受けてサッカーを始め、友人らと共にストリートサッカーでスキルを磨いた。ちなみに父親の影響もあり、多少柔道の心得もあったりする。
14歳の頃にフランスの名門カンヌのスカウトを受け、両親のもとを離れてカンヌにて同チームのユースに入門。1989年トップチームに昇格しプロデビューを果たす。
1994年にフランスプロサッカーリーグであるリーグ・アンの最優秀若手選手に選出され、1996年にイタリアの(元)超名門ユベントスに移籍。
移籍直後はイタリアの水に慣れなかったが当時の指揮官は使い続け、ジダン本人もこれに応え、3ヶ月後には完全に順応。このシーズンのリーグ戦・コンチネンタルカップ(後のトヨタカップ)制覇の原動力となる。またこれがジダンのキャリアにとって初のメジャータイトル獲得となる。
しかしUEFAチャンピオンズリーグ制覇はユベントス時代には経験出来なかった。実はジダンが移籍する前のシーズンにはチャンピオンズリーグ制覇をしていたのだが、2シーズン連続で決勝進出するも敗退しているので、ファンからは「黒ネコ」と呼ばれた。
2001年7月、8000万ユーロでレアル・マドリードに移籍。この時、ロナウド、ロベルト・カルロス、ルイス・フィーゴと名だたるスター選手を獲得し、現在に至る「銀河系集団」路線を生み出している。野球をわかる人に説明すれば、今の読売ジャイアンツがもっともわかりやすいか。
そしてこのシーズンのUEFAチャンピオンズリーグを制覇。自身にとって悲願成就となる。
このシーズンのチャンピオンズリーグ決勝で放った、ペナルティエリア外からのダイレクトボレーは今なお語り草。
代表経験としては1994年8月チェコ戦で代表デビュー。2点ビハインドの状態で送り込まれ、一人で同点に持ち込んでいる。
1998年のFIFAワールドカップフランス大会では母国開催で優勝しているものの、自身はサウジアラビア戦で相手を踏みつけるファウルで一発退場。グループステージでは貢献出来なかったが、決勝では2得点を挙げるなどして貢献。
この年ジダンはFIFA最優秀選手賞・バロンドールなど個人タイトルを総なめ。またチームメイト・指揮官らと共にフランスよりレジオンドヌール勲章の「騎士」の称号を送られている。
2002年は大会直前の韓国戦で悪質なファウルを受け負傷。デンマーク戦に強行出場するにとどまり、チームもグループステージ敗退。
2006年。プロとしての限界を感じ、FIFAワールドカップドイツ大会終了をもって現役引退を発表。自身のキャリア総決算に挑んだ。
序盤こそ不安を感じさせたモノの、試合が進むにつれ調子が上向きに。決勝まで駒を進める。
延長戦までもつれる死闘になるも、PK戦の末イタリアの優勝を許し、準優勝で終える。


ジダンはどうしたって?触れてやるな!!



2016年に古巣のレアル・マドリードの監督に就任。クリスティアーノ・ロナウドハメス・ロドリゲスを擁しチャンピオンズリーグ優勝を成し遂げている。

pixivに投稿された作品 pixivで「ジネディーヌ・ジダン」のイラストを見る

このタグがついたpixivの作品閲覧データ 総閲覧数: 138

コメント