概要
多足類のうちヤスデ綱に属する節足動物のこと。学名は「Diplopoda」、別名はそれと同じ意味で「倍脚類」(倍脚綱)。
12,000ほどの種が知られ、多足類の中で最も種数が多い。
頭部の左右には1対の棒状の触角と複数対の単眼があり、目が退化消失した種類もいる。顎の付け根はほっぺたのように膨らむが、先端は正面から「ω」の形の口元に隠れて目立たない。
胴部は円筒状の外骨格に覆われて多くの体節に分かれている。そのうち頭部直後の体節は脚を持たず、「頸板」といううなじを覆い被さる甲羅となっている。この頸板により、ヤスデの先頭は常に猫背のような姿勢をとる。
それ以降の体節は多くの脚を腹面の正中線に密集して、前3節は1節につき1対、それ以降のほとんどの体節は「倍脚」の名の通り、脚が1節につき2対ある。脚は通常では胴体の幅以下に短いが、長い脚の種類も稀にいる。
漢字や中国語は「馬陸」と書く。英語名「Millipede」(ミリピード)は「千足」を意味する。
脚の数は数十から百数対が一般的である。最少のものは Lophoturus madecassus による11対22本、最多のものは Illacme plenipes による375対750本(そのため、英語圏では「ミリピードは名前に反して脚千本以上の種は存在しない」としばしば言われる)…だったが、2021年にオーストラリアで653対1,306本の脚を持つ Eumillipes persephone が発見され、記録が一気に千本以上まで更新された(学名 Eumillipes も「真のミリピード/千足」という意味で付けられた)。
これは対になる脚を持つ動物(放射対称で無数の管足を持つヒトデなどの棘皮動物は除外される)の中で脚の数が最多である。
体長は種により様々、最大の現生種は30cmを超えるアフリカオオヤスデである。古生物まで範囲を広げると、2m以上にも及ぶ既知最大の節足動物の一つであるアースロプレウラも存在した。なお最多の脚を持つ Eumillipes は意外と小さく、体長は10cmに満たず、体の幅は数mmしかない。
ムカデとの違い
同じく多足類であるムカデとよく混同されるが、両者は以下の特徴から区別できる。
グループ | ヤスデ | ムカデ |
---|---|---|
胴体の形状 | 円柱状 | 扁平状 |
脚の付け根 | 腹側 | 両側 |
脚の数 | ほぼ1節2対 | 1節1対 |
体の末端 | 特に脚がない | 特別に長い脚(曳航肢)がある |
動き | 遅い | 素速い |
食性 | 主に腐植食性 | 肉食性 |
ざっくりなイメージとしては、ムカデより緩やかで、脚の密度が高く、末端は単調でムカデのような特別な脚がない。
生態
陸棲で気管で呼吸をし、土壌など湿潤な環境を好む。通常は腐敗した有機物・糞・落葉や菌類なとを食べるため、分解者の役割を持ち、土壌の栄養循環を維持する重要な一員である。草食や雑食、肉食性の種類も稀にいる。多くの種類は危険を感じると硬い体を円盤状に丸めて、体表から臭液を分泌して防衛する。
多くの種類の細長い体形と短い多数の脚は土壌中の狭い隙間を移動することに適応した結果である。浅い土壌中で暮らす種が多いが、中には地下数十メートルというような深い土壌や洞窟に生息するものもいる。不安定な隙間を進む際には体を180度ねじって前後の体節群で異なる壁面にしがみつきながら前進するというような芸当もできる。地中で生活する性質上、視力が退化した種が少なくない。
生殖口は雌雄とも体の前部付近の腹面に開くため、交尾はお互いを抱き合わせるような体制になる。そのうちオスは第7節の脚が変化した生殖肢を使って、精子をメスの生殖口へ渡す。孵化直後の幼体は脚が3対6本しかなく、成長(脱皮)に伴って体節と脚の数を増やしていく。このため脚の数は同種内でも個体によって大きな差がある。
ただし胴が短くて脚も十数対ほどで少なく、比較的系統が古いヤスデでは上記の多くの特徴に当てはまらず、次の通りに挙げられる。
- フサヤスデ:毛虫そっくりな姿で、体が柔らかく臭液もなく、代わりに全身の毛束で身を守る。交尾をせず、オスは精包を排出してそれを網に包み、そのまま置いてメスに拾って貰える。
- タマヤスデ(イラストの丸めた虫):ダンゴムシのような姿で、ドーム状の体を球形に丸める(そのためダンゴムシと見間違われることもある)。オスはハサミ状の生殖肢を体の末端に付いて、メスに求愛して掴むように使われている。
人間との関わり
基本的に無害であるが、地域によって大発生することがあり、人によって見た目や臭液の匂いから嫌がれ、不快害虫の代表格である。
海外には一部の草食種がしばしば農作物を食害することもあり、これらは農業害虫とされる。国内においても大発生したヤスデが列車の運行を止めるといった事例がある(踏みつぶされると車輪が空転し立往生するため。小海線の事例がよく知られるが、指宿枕崎線でも発生している)。
爬虫類・ムカデ・クモやサソリなどと共に、海外の大型種はペットとして流通することがある。