概要
『白蛇伝』『西遊記』(三蔵法師の前世での話)など、インド・中国・韓国等には似た伝説があるため、日本に至って現在の形になるにはかなりの年月があったとされる。唐の善妙と言う女性が、愛する僧侶が無事に帰国するために自ら龍となって船を導いた、今昔物語には、天竺人於海中値悪竜人依比丘教免害語という話があり、僧侶に前世の因縁から恨みを持つ女(龍王)が仏の説法を聞いて蛇道を離れて天界に行くという話がある。
ムカデの敵を持つ朝鮮の蛇娘が、人間の男に近づき、蛇だと白状した上でムカデ退治を請い、後に結婚してハッピーエンドという場合もある。
古事記の本牟智和気王説話に、神の呪いで産まれてから言葉を話さなかった誉津別命が参詣の旅の途中で、言葉を話せるようになった後、宿で女を娶ったが、女が蛇であることに気付き逃げ出すが、男が大蛇に海を越えて追いかけられ、大和へと逃げ延びる話がある。
また、『雨月物語』や『沙石集』のとある諸話は、本説話を元にしていると思われる。
千葉県にも、安倍晴明にヤり逃げされた延命姫の伝説があり、年代も含めて類似性が目立つ。大阪でも、草刈り中に大蛇の頭を間違って切り落とした男が大蛇の頭に夜中に追跡され、鐘に隠れたら焼き殺されたという話がある。
「伝承」なので異同も多いが、一般的には以下のような内容とされる。
(延長6年8月または春頃に?)奥州の僧侶安珍は熊野参詣の途中、宿を借りた真砂の庄の司・清次の娘である清姫に迫られ、「参詣の帰りに寄る」と約束する。しかし、参拝を終えた安珍は真砂を素通りし、裸足でボロボロの状態で追ってきた清姫にも「人違い」と嘘をつき、更には熊野権現に祈願して彼女を金縛りに遭わせる。
怒りに蛇身となった清姫は黒雲または黒煙や炎や砂埃を発生させながら逃げる安珍を追い、彼の隠れた道成寺の鐘に巻きついて彼を焼き殺し、自らは蛇身のまま入水する(鐘は溶けたとも)。一部媒体では8月23日だった。
その後、蛇道に転生した二人が道成寺住持の夢に現れて供養を頼む。そこで法華経供養を行うと、天人となった二人が夢に現れ、熊野権現と観音菩薩の化身であった事を明かしたという。
(このバージョンでは熊野権現と観音菩薩による壮大な自演であり、自らの苦しむ姿を見せて大衆に法華を宣伝して大衆を救おうとしていることが見受けられる。これは、亡者を地獄に落とす度に自らも罰を受けて苦しむ閻魔にもどこかつながる。)
(千手観音が男も女も救わなかった理由には、男は自分の修行のためとはいえ嘘をついて約束を破り残された場合の女の苦しみを考えず捨てようとした(修行をお題目にした悪事)こと、女は修行者とわかっていて男の人生を捻じ曲げさせてでも欲を果たそうとしたこと、など、両方が執着にとらわれて仏に不義を働いたから、などの言説もある。)
バリエーション
『大日本国法華験記』・『今昔物語集』
『大日本国法華験記』は、この伝承の最も古い記録。
上記の内容とは主に次の点で異なる。
- 登場人物の名前は記されていない。
- 安珍にあたる僧の熊野詣に老僧が同道している。
- 清姫にあたる女性は寡婦で家長だが、当時の「寡婦」とは必ずしも未亡人を表す訳ではなく、独身の女性を指す言葉でもあった。
- 僧達は、女を恐れて別の道を通って帰った。
- 女は騙されたと気づいて一室に篭り、法華験記ではそのまま、今昔物語集では頓死した後、大毒蛇になる。
- 僧を焼き殺した後の蛇の行方は描かれていない。
- 僧だけが夢に現れ、法華経の書写を頼む。
- 供養の結果、女は忉利天、僧は兜率天に転生する。
『道成寺縁起絵巻』
上記の内容とは主に次の点で異なる。
- 人物名は、清次の他は記されていない。
- 清姫にあたる女性は清次の「娵(嫁)」。
- 僧を焼き殺した後の蛇の行方は描かれていない。
- 供養の結果、女は忉利天、僧は兜率天に転生する。
『日高川草紙』
上記の内容とは大幅に異なる。
三井寺の僧・賢学は、遠江国橋本宿の長者の娘と結ばれることを神々が話し合っている事を夢で知る。その地を訪れた彼は、修行の妨げとなることを恐れ、長者の娘である幼い花姫を刺して逃げる。
約十年後、清水寺に参った賢学は、そこで一目惚れした娘と結ばれる。しかし、彼女が一命を取りとめ美しく成長した花姫であることに気づくと、因縁の恐ろしさを感じ、彼女を捨てて熊野へ向かう。花姫は彼を追うが、賢学は更に逃げ、ついに彼女は日高川を越えるために蛇となり追いすがる。とある古い寺に逃げこんだ賢学は鐘の中に匿われるが、蛇と化した花姫は巻きついて鐘を壊し、賢学を引きずりこみながら川へと沈んでいった。その後、僧たちは二人のために念仏供養を行ったという。
- 絵巻では、道成寺絵巻とは異なり、賢学を追う花姫の表情は常々どこか嬉々としており(泳ぐわけでもないのに水の上を走るらしく、既に怨霊になっていたかもしれない)、共に水中に沈む場面で蛇となっている際もそれは変わらない(バージョンによっては、意味ありげな表情で賢学を見ていたり、これから沈みゆく水底を見ているようなバージョンもある)。花姫は賢学が昔自分を殺そうとしたことを知っており、追跡している場面でも、うれしやと実際に喜び、愛が因縁を上回った暴露し、より燃え上がっている。最期も、「うれしやうれしや、奈落の底(地獄)に落ちましょうぞ、二度と出てこれない地獄ですぞ、二度と離れませんぞ。」と言って、諦めたのか失神したのかぐったりとした賢学を離さず水底に消えた。皮肉にも、たとえ水の底までも、あなたと添い遂げたいとプロポーズした男の言葉が実現した。
- 花姫とは、清姫よりもさらに古いバージョンの清姫の名前でもある。
執心鐘入
沖縄で派生したバージョン。主人公の名前をとって、「中城若松(安谷屋若松をモデルとしている)」と呼ばれるバージョンもある。
女が死んで蛇になったバージョンや鬼女になったバージョンなどがあるが、男は無事に逃げ延びるなどの点が異なる。女が無事に恨みを忘れて成仏する場合もある。これに限らず、琉球のホラーはハッピーエンドになる事が目立つ。
その他
その他のバリエーションとしては、
- 事件が起きたのは夏とも春ともされる
- 事件が起きたのは昼間とも夕方とも夜ともされる
- 絵解き説法では、清姫のモデルとなった人物は鐘堂に放火したり、濡れた着物を引きずっていたので蛇に例えられたと推測している(実際に何かが燃えた痕跡が地質調査で判明しているが、なんらかの事件があったのかは不明)
- 「白蛇伝」に近い話(清姫自体が、熊ノ権現に住み着いていた白蛇の精霊が黒蛇から妻を亡くした清姫の父に助けてもらって結婚して産まれた蛇人間)で、これが原因で両思いだった安珍も清姫の姿を見て逃げた
- 清姫の母は、子供ができないので祈願して沼で身を清めたら、沼の主の大蛇が霊魂を注いで清姫が生まれた
- 男と女は両想いだったが、女が男恋しさに着物のまま泳いで溺死し、波に揺れる帯が大蛇に例えられ、男も女の死を聞いて鐘に入って焼身自殺をし、二人の供養のために伝説が作られた
- 僧が幼い娘と戯れに結婚の約束をしたのが原因だったり、
- 娘の親が僧について冗談で将来の夫と教えていたのが原因だったり、
- 男に一目ぼれした女が化粧している段階で鏡に蛇の姿が映っており(女が自分を蛇だと認識していたのか男の目に女の本性が見えたのかは不明)、その姿を見た男が恐れて足早に逃げた
- 女が、僧が熊野参詣の定宿としていた家の娘だった
- 僧を焼き殺した炎で女自身も焼け死ぬ
- 僧を焼き殺して階段を下りた後で女自身も死ぬ
- 寺と八幡山の間で大蛇が死んでいた
- 供養した後も鐘を作れなかったという能につながりかねないバージョンもある(自らの勝手で安珍を殺して寺を破壊した清姫は、天界に一度行っても許されず再び怨霊/蛇道に落とされ、道成寺の鐘の再興を狙ったとも解釈できる)
- 逆に言えば、清姫が本当の意味で天界に許されるために、あえてもう一度天罰が下ったとも考えられるだろうか
- 男が女に夜這いをかけられた際に言った「あなたにも私にも神罰が下るかもしれません」にもつながる
- 女は途中まで追いかけてから川で自殺してその怨霊が大蛇となった
- 女は未亡人ではなくて、男と一晩の不倫をし、夫も家も捨てたが男に捨てられて追跡~という間違った内容を伝える媒体もある
- 寺の門を蛇が乗り越えたり、叩き壊したり、燃やした場合がある
- 清姫は王族のお家騒動に政治的な道具として利用され、(蛇に変化しつつも何度も踏みとどまろうとしたがとある人物に何度もそそのかされて追跡した)蛇の姿で道成寺で安珍(と身を偽っていた親王)と嫁の小田巻姫を捜していたところを実の父親に刺し殺された、または安珍と小田巻姫を殺した
- 清姫が山伏である安珍を追跡している際に、他にも売女を託っていたとしり、蛇には化けないが、安珍を鐘に追い詰め、7日半も鐘を叩いたり周囲をうろついていたので、ついに安珍が暑さや乾きなどに耐えかねて鐘から出たところをとらえて殺した
- 清姫が鉱山の経営者であり、安珍が清姫から鉱床秘図を借りパクしたので、怒った清姫と労働者が安珍を追い詰めた
……等々。
また、清姫の故郷では、一願寺にて、幼い清姫が身投げした(男を追いかけたり殺したりしていない)(一度は半裸・放心状態で発見されて連れ帰られるが翌日に自殺した場合も)が、実は両思いであり、自分の欲を抑えきれなくなった安珍が逃げたが、道成寺にいた際に清姫の訃報を聞いて、清姫の里の者から逃げるため、という嘘をついて鐘に隠れて焼身自殺をした、その遺骸は美しく炭になっていたが、誰かを抱きしめるような姿をしていた
- 安珍を追跡している最中に、生きて叶わないならせめて死んでから夫婦に、と決め川に飛び込んで、蛇になった時点で霊になってるという伝承もあるという。
- また、前世譚として、「僧と女は前世では夫婦であった。二人が老いた時分、寺を建立する際に鐘に大量の金物を必要とするため、夫が喜んで道具類を寄付したが、妻には無断だったこともあり、それを知った妻が今後の生活を案じて怒り泣いた。妻の様子を見た夫は池に身を投じた。夫がいない事に気付いた妻は、池の畔に着いた時に何が起こったのか理解し、狂乱して夫の後を追った。」「安珍と清姫の事件の後、焼け跡から老夫婦の道具が見つかった」という話が用意された。
後日談
安珍・清姫の出来事から400年余り後の正平14年(1359年)、道成寺で鐘を再鋳し鐘供養を行っていると、一人の白拍子が現れて女人禁制を(その姿に見とれた門番が根負けしたか女の術か妖気にあてられたか)突破し、舞を披露したが、参加者たちはなぜか寝てしまう。女が鐘に近づくと蛇身と化し、(術で?)鐘を落として中に消えてしまった。この白拍子は清姫の怨霊とされる。その後、神々や竜王達に祈祷したこともあり、悪霊は退散させられ日高川に沈むが、鐘の音色は悪くなり、付近に病や災いが相次いだため、鐘は山に放置された。
それから更に200年余り後の天正13年(1585年)、豊臣秀吉による根来攻めの際、その鐘を仙石秀久が合戦の合図につかい、そのまま京都に持ち帰って妙満寺に納めたという。
余談
- 道成寺は、古い読み方だと「だいじやうじ」とも読める。
- 女が男を追跡した距離は約60kmとされる。
- 当時の「悪」という言葉には、現在の日本語でおける「悪」とは異なるニュアンスも含まれていたので留意。
- 化け物は辻や橋などの境界で出現するとされ、蛇は水と関わりがある執着の象徴である(最初の川をのぞき込んだ自分の姿が、人間にもかかわらず蛇であったり)
- 僧を山伏だとする古い伝承もある。
- 女は半身蛇になった際に髪の毛が別の蛇の頭になっているバージョンがある
- 蛇に手足が生えたまま鐘を巻くバージョンもある
- 日本の古典でよく見られたが、蛇の尻尾に剣があるバージョンもある
- 道成寺絵巻には、安珍を追う清姫が蛇体になりながら「どうしてこんな事に (意訳)」と泣き叫ぶ場面で、まるで天の声のごとく「今世の結果は前世にあり、来世の結果は今世にあり (意訳)」と注釈的に書かれている。
- 女が僧を宿に泊めた際も「前世からの縁」と口説いていた。
- 二人を成仏させた僧侶も前世で因縁があったという話もある。
- 安珍が清姫を神に祈って金縛りにさせたが、清姫が道成寺に到達したら、安珍を隠した鐘堂の四面の扉が一斉に自ら開き、清姫を導いたという話もある。
- 鐘が下がっているのを見て不信に思った清姫が自分で安珍を発見する場合や、安珍のわらじの紐のこぶが原因で閉まりきらず、またはわらじの紐が飛び出ていた場合もある。
- 日高川よりも先にいくつかの川を越えているが、水に映った自分の顔が人外であり、川を越えた時点で人間としては死んでいたというメタファーや、普段は増水していない日高川が、清姫が立ち戻れる(人間として死ねる)最後のチャンスだったいう推測もある
- 宮城県の大門坊東光院(安珍の母寺)では、事件を受けて、27歳の修行を禁止するようになった。
- また、宮城県や埼玉県には「両思いの男女が共に蛇の悪霊になった」という話もある(参照)。
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