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小山田宗徳

おやまだむねのり

小山田宗徳は日本の男性俳優であるが、洋画の吹き替えの仕事が一番有名である。
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この人物は1927年生まれであり、1986年に58歳で病死した。

通史

旧制中学(現在の高校にあたる)卒業ののちブランクを経て1954年に劇団俳優座(1944年に作られた新劇の劇団)の養成所に三期生として入団する。養成所のころから俳優として(おそらく小さな役ではあるが)活動していた模様である。
 1960年に劇団俳優小劇場(俳優座養成所二期生・三期生の卒業生が「劇団新人会」を結成していたが、そこから分裂した団体、日本の俳優、タレント、俳人、エッセイスト、芸能研究者、元放送大学客員教授であった小沢昭一らがいた)の旗揚げにかかわる。
 このころ、当時普及が始まっていたテレビドラマの仕事が多くなる。また、主題歌も担当したことがある。
 俳優としては12本の映画に出演、30本以上のテレビドラマに出演した。また、ワイドショー司会や、美声を生かし、ラジオドラマ(6作品)、ナレーター吹き替えなどもこなした。
 この役者が活躍したのは1950年代終わりごろから1970年後半までであり、何らかの事情(体調不良の可能性がある)によりそれからは仕事から遠ざかっていた。

ナレーション

 有名なものとしてはスパイ大作戦(1966年にアメリカ合衆国で製造されたスパイものドラマ、日本では1967年に放送された)のオープニングナレーションであろう。
 またこのほかに映画(洋画)のナレーションを7本行っている。

吹き替え等

 とくに有名であるのはヘンリー・フォンダ(アメリカ合衆国映画俳優、代表作怒りの葡萄荒野の決闘など)を、特にTVで放送された映画、15作品で吹き替えを行った。ほかにはウォルト・ディズニー(日本では1958年から放送されたテレビ番組、ディズニーランド)である。
 なおアニメでの活躍はほぼなく、宇宙戦艦ヤマト(wikipediaにはナレーションとあるが該当項目には名前がない)、バビル2世(バビル1世)があげられている。

関連項目

俳優 役者 吹き替え ナレーション

参照

wikipedia同項目

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