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料理の鉄人

りょうりのてつじん

私の記憶が確かならば、「料理の鉄人」とはかつてフジテレビ系列で好評を博した、料理番組である。放送期間は1993年から1999年にかけてである。
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"Allez cuisine!"

概要

料理を紹介する従来の料理番組とは一線を画す、名うてのシェフが1対1で対決すると言う、画期的な番組。
この番組では「その道を極めた達人」の事を「鉄人」と呼び、後に流行語大賞にもノミネートされている。

出演者・出演シェフ

司会

  • 鹿賀丈史(1回のみ本木雅弘)

番組冒頭での「わぁたしの記憶がたぁしかならばぁ~」や、メイン食材を紹介し「いざ対決」のシーンで発せられる「Allez cuisine(アレ・キュイジーヌ)!」など、芝居がかった仰々しい口調が特徴。

シェフ

全部で7名のシェフが鉄人として登場したが、ここでは特に有名な3名に絞って紹介

和の鉄人

  • 道場六三郎

今なお当時のファンより「最強の鉄人」と称される料理人。イメージカラーは青
チーズやフォアグラなど、およそ和食とはかけ離れた食材であろうと、氏のモットーである「素材に国境は無い」の言葉通り鮮やかに勝利してる。(余談ではあるが、現在道場氏の店では和の味付けのチーズ鍋が提供されている)
なお、番組のルールにあった「出汁であれば一つだけ持ちこみOK」を良しとせず、常に対決が始まってから出汁を取る事を心がけ、昆布・鰹をふんだんに使った出汁は実況を務めた福井アナが「命の出汁」と表現。
また、調理時間終了間際に「お品書き」を記すシーンと、その達筆ぷりも有名。
通算成績39戦33勝5敗1引き分け。最大連勝数11。

中華の鉄人

  • 陳建一

日本に麻婆豆腐を紹介し、その後日本で様々なアレンジ中華料理を開発した、陳建民氏の実子。イメージカラーは黄。
番組開始から終了まで唯一鉄人の座を明け渡さなかったシェフ。最終回では全鉄人を代表してスピーチを披露している。
実力的には最弱ともうわさされ、対戦者から「確実に勝つなら陳シェフ」と言われた事も(ただし鉄人が勝ち過ぎても面白くない、と言う理由からあえて負け役を演じていたとする説あり)。
しかしながら実力よりキャラクターが大いにウケ、今もテレビへの露出が多い事からも、この番組が陳健一氏に与えた影響は計り知れない。
通算成績96戦68勝23敗3引き分け。最大連勝数14。

フレンチの鉄人

  • 坂井宏行

有名レストランKIHACHIのオーナーシェフ熊谷喜八氏の推薦を受け、鉄人に就任。
道場・陳氏両名と共に長く番組を支え、道場氏に次ぐ安定した強さを披露。
番組初期では「1時間と言う限られた時間で、ちゃんとした品物を作るとするなら3品が限界」と語り、その言葉通り3品しか作らなかったが、番組末期では4品(最多で5品)を作るように。
これは挑戦者サイドの試食後の皿を味見したり、相手側の助手に味付けを尋ねるなどの勤勉さの表れかもしれない。

海外へ渡った料理の鉄人

海外へもそのままの内容で数多くの国でも放映され、中でもアメリカでは優れた内容のテレビ番組に贈られる、テレビ版アカデミー賞とも言われるエミー賞を受賞。
さらには、そのアメリカでは「Iron Chef USA」としてレギュラー放送。しかしこの番組は本家とあまりにもかけ離れすぎた内容で、1クールで打ち切りの憂き目となった。
しかし、その後本家本元のスタッフの派遣、そして日本側の綿密な監修の元「Iron Chef America」として再編。
本家で登場した鉄人シェフが、レギュラー出演するなど本家の演出を徹底的に踏襲したモノとなっている。
また2010年より、「Iron Chef Australia」、つまりオーストラリア版料理の鉄人が放映開始されている。

そして13年の時を経て…

主宰を玉木宏に据え、2012年10月26日より「アイアンシェフ」と名を改め、キッチンスタジアムが再び幕を上げる事となった。
しかし、放送は1年程度で終了した。

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