概要
朝鮮神話とは、朝鮮半島諸国の人々が伝えて来た神話のことを指す。大きく分けて古文書に資料として書き残された文献神話と、巫覡を代表として口伝で伝わってきた口承神話とに分かれる。ただし文献神話でも資料がせいぜい12世紀までしか遡れない為、それ以前の古代に伝わっていた神話とは異なる可能性は注意すべきであろう。
文献神話
文献神話の一番古いまとまった資料は、高麗の僧である一然が記した『三国遺事』だとされている。成立は1280年代前後という。これに先立って1145年に高麗官選の『三国史記』という歴史書が成立しているが、儒学者の合理主義によって書かれたので、神話に関する記載は断片に留まっている。一然は歴史史書に記載されなかった伝承を広く取り上げて三国遺事を記している。ここでは『三国遺事』に書かれた創世神話である檀君神話と、『三国史記』や『三国遺事』に記述のある古代王朝高句麗・百済と新羅の建国神話を取り上げてみよう。
檀君神話
天帝(帝釈天)はその名を桓因といい、その多くの息子の中に桓雄という神があった。桓雄は人の世界を治める事を望むと、天帝は三つの天符印を授けてこれを許した。桓雄は三千の部下を率いて太白山の神檀樹に降り、神市という都を築いて人の世を治めた。
そこに一匹の熊と一匹の虎が現れて、共にヒトになりたいと訴えた。桓雄はこの二匹にヨモギを与え、百日に渡り日光を避けて洞窟に籠ればヒトとなれると説いた。虎は途中で挫折したが、熊は37日目にしてヒトの女となった。桓雄はこの熊女を妻として、檀君という息子を設けた。
檀君は平壌を都として朝鮮という国号を定め、1500年に渡り王として統治した。しかし、殷の紂王の師であってその暴政を諫めた箕子という賢者が殷の滅亡後に朝鮮に逃れてきた。周の武王は箕子を尊重して追わず、朝鮮王として認めた。これが伝説上の朝鮮王朝である箕子朝鮮である。この時に檀君は王都を引き払って山の神となり、以後の朝鮮を見守っているという。
高句麗・百済の建国神話
東扶余の金蛙王は太白山の南にある優渤水で一人の女を見かける。女は河伯の娘で柳花といい、天帝の子である解慕漱と密かに通じてしまったので父母の怒りを受けて追放されたという。王は不思議な女を連れ帰って幽閉すると、日光がさして柳花を照らした。柳花がこれを避けると日光は追って照らした。こうして女が生んだのは大きな卵であった。王は卵を捨てたが、犬も豚もこれを食べようとせず、鳥や獣が覆って温めようとする。そこで王は卵を柳花に返してやった。
大きな卵からは男子が生れた。幼き頃より弓を作り、百発百中の腕前であったことから弓に優れた者を意味する朱蒙が名となった。朱蒙は王子や臣下たちにその才を妬まれ、母の忠告により烏伊ら三人の友を連れて逃れた。淹水という川のほとりで追手が迫ってきたが、朱蒙が自分は天帝の子で河伯の孫だと水に語りかけると魚と鼈が橋を作って渡らせた。追手が来ると橋は壊れてしまい、朱蒙は難を逃れた。この朱蒙の子孫がそれぞれ国を建て、高句麗と百済になったという。
新羅の建国神話
朝鮮半島東南部辰韓にあった六つの部族では、君主がおらず民が勝手に振舞っていると長老たちが憂い集いて相談した。そして高所から眺めると、楊山の麓に雷光が射し、白馬が礼拝しているのが見えた。白馬が礼拝していたのは、近寄って確かめると大きな卵であった。人々が来たのを見た白馬は嘶いて天に昇った。
卵を割ると端正で美しい男子が生れ出た。東の泉で沐浴させると、光彩を放ち、鳥獣が一緒に舞った。この男子こそ王たるべきであろうと噂された男子は赫居世と名付けられた。また、卵の形が瓢に似ていたことからこの地で瓢を意味する朴を姓とし、人々は朴赫居世と呼んで13歳にして国王に推戴した。赫居世が誕生した日に、龍が現れてその脇から赤子を生んだ。赤子は美しい娘に育ったので、赫居世の后に立てることとした。そしてこの国を後に新羅と呼ぶようになったとのこと。
口承神話
口承神話とは、文字に書き残されず、口伝えで伝わってきた神話である。その性質上、成立した年代も特定できず、世代が変われば大きく神話も変わる可能性がある。ここでは大脇由紀子『古代朝鮮神話の実像』から済州島に伝わる創世神話を取り上げてみよう。
済州島の創世神話
天地は元は混沌とした暗闇であったが、甲子年甲子月甲子日甲子刻に天の頭が開き、ついで乙丑年乙丑月乙丑日乙丑刻に地の頭が開いた。つまり、天地に割れ目が生じたのである。この割れ目が広がると、地に山が整って水が流れるようになり、天地の境界がはっきりしてきた。天から青い露が降り、地から黒い霧が湧いて合流すると、陰陽が相通じて万物が誕生していった。
やがて天帝が二つの太陽と二つの月を送り、ついに天地はすっかり開闢した。この頃はまだ、草木も獣も言葉を話し、鬼神と人間の区別もなかった。そして、昼間は猛烈に熱く夜は非常に寒かったので、多くの人々が命を落とした。混沌とした天地を憂いた天帝は夢のお告げに従って地上の王女と結婚する。こうして兄弟の天子が生まれ、兄をテビョル、弟をソビョルという。
兄弟は成長して天界の父を訪ねた。天帝は喜んでテビョルにこの世を、ソビョルにあの世を治めさせようとした。しかしソビョルはその役割を不満に思って兄に謎解きの勝負をもちかける。勝った方がこの世を、負ければあの世を得る勝負である。テビョルは受け入れて勝負をするが、ソビョルは不正によって勝負に勝ってしまう。
ソビョルはこの世を治める王となるが、世の秩序は乱れてしまった。そこであの世の王テビョルに助力を求めた。テビョルは快く引き受け、太陽と月を一つづつ射落として気候を穏やかにした。草木や獣が喋ることを禁じ、生ける人間と鬼神との区別も定めて自然の秩序が生まれた。しかし、あの世の王が助力してくれたのはそこまでである。それ故に人の世界では殺人、謀反、泥棒などがなくなっていない。それに対してあの世の法は常に公正なのである。