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溥儀

ふぎ

中国の清王朝最後の皇帝(第十二代)及び満州国皇帝。
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概要

名前愛新覚羅溥儀
(あいしんかくら ふぎ)
繁体字愛新覺羅 溥儀
簡体字爱新觉罗 溥仪
拼音Àixīnjuéluó Pǔyí
カタカナ転写アイシンヂュエルオ プーユィー (愛新覚羅の満洲語発音はアイシンギョロ)
世没1906年2月7日 - 1967年10月17日


プロフィール

1908年清朝皇帝宣統帝)として即位。
1912年2月12日に帝政は瓦解し中華民国となるも紫禁城には1924年まで留まっていた。しかし後に共産党のクーデターが勃発し、北京に危険が迫ったため、家庭教師のレジナルド・ジョンストン博士と共に日本大使館へ助けを求め、芳澤謙吉公使に匿われた後に天津の日本租界に移る。
1928年の夏、国民党蒋介石が北伐で北京を制圧した際に、配下の孫殿英が清朝の王墓『東陵』を爆破して墓を荒らすという暴挙に出た。副葬の金銀財宝が奪いつくされ、西太后の墓は石棺がひっくりかえされて遺体が屍姦され特に酷い荒らされようで、これを聞いた天津の溥儀は激怒し、彼の祖父が漢族を「不逞の家奴(家奴は奴隷のこと)」と言っていたことが真実と悟り、清朝の再興を誓い日本に協力を求めた。
1932年日本関東軍によって満州国の元首とされ、皇帝として即位した。
その後日中戦争大東亜戦争において満州国は滅亡。日本への逃亡に失敗してソ連に捕縛される。
その後北京に返還されるが囚人戦犯)として1959年まで刑務所で拘置。その後中華人民共和国に於いて亡くなる1967年まで一般人として生活した。

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