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猫田銀八

ねこたぎんぱち

猫田銀八とは、『はじめの一歩』のキャラクター。
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概要

CV:永井一郎(Rising第19話まで)→山寺宏一(Rising第22話以降)、吉野裕行(戦後編)

鴨川源二会長の現役時代のライバルであり拳友。語尾に「~だニ」を付けてしゃべるのが口癖(おそらく信州弁を意識した物と思われる)。
とある山奥で「よしお」という名前のペンション経営しており、鴨川ジムの面々が強化合宿をする為に訪れた。
普段はハチ(一歩の愛犬・ワンポの親)やその子供達と暮らしているが、一歩鷹村試合には必ず遠方から試合会場に駆けつけて応援するのが常。山奥での一人暮らしが寂しいのか、たまに鴨川ジムに遊びに来てはジムの若手を指導したりしているようだ(単行本73巻巻末にある鴨川ジムの練習生募集広告で”アドバイザー?”の記述で顔写真が載っており、実際にも臨時の客員トレーナーとなっているような描写になっている)。
ボクシング指導は的確で有効な技術を丁寧に教え、練習後には自分が教えたジム生を集めて反省会を開くなど鴨川会長とは違った上手さがあるらしく、鴨川ジム生の評価も高い。特に鴨川会長が自分の後継者として鍛えこんでいる一歩には大きな期待を寄せていて、自分たちが果たせなかった世界の頂点に立つという夢を、どことなく自分等の世代と同じ愚直で前時代的な空気を持った一歩が叶える日を楽しみにしている。
また一人暮らしを慮ってか、最近は試合後に一人旅をするのを趣味にしている鷹村が近況を報告しがてら、ちょくちょくペンションに顔見せで訪れていたり、一歩も時々手紙で色々な報告をしているようだ。猫田も時々山の風情を箱に詰めて自作のを添えて送ったり、なかなかにロマンティックな交流を続けている。
今でも日々の薪割り後背筋が凄まじいまでに鍛えられており、鴨川会長同様に70過ぎとは思えない元気老人である。また、猟銃を所持している事から狩猟免許も持っているようであり、弱ったを仕留め、鍋にして一歩達に振る舞った事もある(なお、この熊は鷹村がで倒した熊であり、鷹村は仔熊の事を思ってトドメをささず見逃したのだが、結局は猫田に見つかって熊鍋になってしまった。鷹村は「残さず喰うのが最後の弔いだ」と言い、を浮かべながらその鍋を食べた)。
なお、この合宿時の熊騒動については猫田によってスポーツ新聞に(若干脚色あり、鷹村自身もそれに乗っかってマスコミ取材に答えている)タレこまれ、信憑性はそれほどでもないが世間の鷹村守伝説に「熊殺し」を加えることとなった。この騒動で食べられた熊の毛皮は後になめされ、鷹村が試合でリングに入場した際のコスチュームの一つに加えられた。

ペンション経営だけではなく「ボクサー人生」という自家製のすごろくを作ってふもとの子供たちに売りさばこうとしているが、あまりにリアルに作りすぎて「ふりだしに戻る」ばかりの為、鴨川会長にクソゲー呼ばわりされた。また夏は海の家「よしお」の経営もしていたが、大型台風の直撃により全壊し、新聞雑誌に取材された事もある。
ちなみにこのペンションおよび海の家の「よしお」という名前は、八木さんによると初の日本人世界チャンピオン白井義男にちなんでいるとのことである。

余談だが、若い頃はかなりの美形である。

猫ちゃん



作者曰く「小判みたいな顔で見るからに嘘だらけ」な人物とし、最初はこのリアリティーのまるでないキャラクターを作品に出すことを危ぶんでいたが、思った以上にハマってくれて安心している、とインタビューで語っている。

ボクサー歴

ボクシングと拳闘の区別が付いていなかった時代から活躍していたボクサーであった。鴨川とは良きライバルとして何度となく拳を交えている。鴨川同様、第2次世界大戦において徴兵されたためボクサーとしてのさかりを失い、ボクシングに復帰したのは20代後半であった。
柔軟で瞬発力のある肉体と”野生の勘”とでも言うべき鋭い感性に裏付けされた芸術的なボクシングスタイルの持ち主であり、体格が一回りも違う相手とも渡り合えた。しかし、あまりにも攻撃に特化したスタイルであったため相手の攻撃ももらいやすく、鴨川と最後に死闘を演じた後にパンチドランカー症状を患ってしまう。
米兵の強豪ボクサーであるアンダーソンとの対戦にてパンチドランカーの悪化と相手の反則打に見舞われ、ボクサー生命を絶たれた。
その後は故郷に帰り、山奥での養生生活でパンチドランカー症状も日常生活に支障がない程度に回復した。

関連項目

はじめの一歩 戦後編

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