いつの世にも悪は絶えない。
その頃、徳川幕府は火付盗賊改方という特別警察を設けていた。
凶悪な賊の群れを容赦なく取り締まる為である。
独自の機動性を与えられた、この火付盗賊改方の長官こそ長谷川平蔵。
人呼んで────「鬼の平蔵」である。
概要
池波正太郎が1967年に短編読みきりとして発表、後に長期連載となった時代小説である。池波が急逝するまでの約23年間にわたって連載され、多大な人気を獲得した。
原作を忠実になぞったTV時代劇が5度にわたって制作・放送され、とりわけ1989年から放送された二代目中村吉右衛門主演のシリーズが有名である。ちなみに吉右衛門の父である八代目松本幸四郎は第1&2シリーズにおいて長谷川平蔵を演じており、奇しくも親子二代にわたって”長谷川平蔵”というキャラクターが演じられたのである。
もともと原作者である池波正太郎は、長谷川平蔵の人物像のモデルとして八代目松本幸四郎をイメージしていたと公言しており、最初のテレビドラマ化に際しては原作者自らが松本幸四郎を指名している。その後のテレビ化に際しても実子である中村吉右衛門にも作者からの指名でオファーされていたが、若い事を理由に本人が固辞し、史実で長谷川平蔵が火付盗賊改方に就任した年齢に吉右衛門が達したときに満を持しての登板となった。
吉右衛門のシリーズはTVシリーズで137話放送され、その後も単発のドラマスペシャルが制作されてきたが、2016年冬放送のスペシャル、通算150本目をもって終了した。
主な理由は「原作のネタが尽きたため」。池波の「原作にないものはやってくれるな」という意思を尊重しつつも、幸四郎時代に予定放送回数が埋まらないという事態回避のために『鬼平』以外の池波作品から翻案・映像化(作者了承の上)したものをアレンジする等して制作してきたがそれも限界に来たのである。
2021年に新企画として劇場版製作が決定。新たな主役として前任の吉右衛門の甥にあたる十代目松本幸四郎が起用されることが発表された(吉右衛門版にゲスト出演している)。更に十代目の息子の八代目市川染五郎も鬼平の若い頃を演じることとなった。こちらは2024年よりテレビと映画を含むシリーズがスタートする。
ストーリー
これは江戸時代に実在した人物:長谷川宣以、通称長谷川平蔵が俗世に蔓延る悪を取り締まる物語である。時は寛政の改革が敷かれて久しい時勢。世は度重なる飢饉と、それに伴ったインフレによって不安が広まっていた。凶悪犯罪が増加し治安の乱れが著しくなったため、幕府は火付盗賊改方と呼ばれる特別警察を設けた。
その長官に選ばれたのが長谷川平蔵、賊からは恐れを込めて”鬼平”と呼ばれる人物である。だが、平蔵はそんな世評とは裏腹に人間味溢れる人物でもあった……。
長谷川平蔵
火付盗賊改方の長官を務めている四百石の旗本。賊からは恨みと恐れを込めて「鬼平」と呼ばれている。鬼と呼ばれるにふさわしい腕っ節と、沈着冷静な頭脳を併せ持ったキレ者である。
しかし、本性は懐の広い優しい人物であり、彼を良く知るもの達からは絶大な信頼を寄せられており市民からも慕われている。旗本御家人という高い身分にもかかわらず目下の身分の者にも優しく接する度量の持ち主だが、これは平蔵が若い頃家族の不和を苦に無頼漢として身を落としていたことが起因している。
ちなみにその頃は「本所の銕三郎」とワル仲間から呼ばれていたため、彼の過去を知るものからは親しみを込めて「銕っつぁん」と呼ばれている。
先述の通り寛政の改革のころに実在した人物であり、火付盗賊改方就任中に原作小説にも取り上げられた葵小僧を捕縛するなど、盗賊捕縛などに辣腕を振るった、歴代の火付盗賊改方の就任期間が長くても3年程度だったのに対し、異例とも言える8年間務めたのもその実績ゆえである。歴史の教科書にも記されている寛政の改革で施行された犯罪者更生施設「人足寄場」を考案したのも、実はこの長谷川平蔵なのである。
ちなみに、彼が亡き後彼の家に数十年後に入居することになるのが、「遠山の金さん」こと遠山景元である。
余談
平蔵が指揮する火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためがた)とは、歴史の古い組織である。元々は江戸時代前期、江戸の街を騒がせる武装盗賊団に対する抑止力として発足したものである。最初に盗賊改という組織からスタートし、放火犯にも対応するために火付改も追加され、それが統合される形で火付盗賊改方となったのである。
一般的な治安維持を執り行う町奉行との違いは、犯罪者に対し武力行使が認められていたということである。現在の機関に当てはめると公安警察と特殊急襲部隊の機能を併せ持った組織であったと言える。
捜査や検挙の仕方が乱暴になりがちで、江戸町民や町奉行からも嫌われていたようである。『鬼平犯科帳』以外の時代劇で組織やそのまとめ役が悪役にされることが多いのも、そのためである。
メディアミックス一覧
連続ドラマ
通算No. | 主演 | 放映時期 | 話数 | 制作 | 放送局 | 枠 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 松本幸四郎 | 1969年10月~1970年12月 | 65 | 東宝 | NET | 火21 | |
2 | 1971年10月~1972年3月 | 26 | 木22 | ※1 | |||
3 | 丹波哲郎 | 1975年4月~1975年9月 | 26 | 水21 | |||
4 | 萬屋錦之介 | 1980年4月~1980年9月 | 27 | 火21 | |||
5 | 1981年4月~1981年10月 | 26 | |||||
6 | 1982年4月~1982年10月 | 26 | ※2 | ||||
7 | 中村吉右衛門 | 1989年7月~1990年2月 | 26 | 松竹 | フジ | 水20 | |
8 | 1990年10月~1991年3月 | 18 | |||||
9 | 1991年11月~1992年5月 | 19 | |||||
10 | 1992年12月~1993年5月 | 19 | ※3 | ||||
11 | 1994年3月~1994年7月 | 13 | |||||
12 | 1995年7月~1995年11月 | 11 | |||||
13a | 1996年8月~1996年9月 | ||||||
13b | 1997年4月~1997年7月 | 計18 | ※4 | ||||
14 | 1998年4月~1998年6月 | 9 | |||||
15 | 2001年4月~2001年5月 | 5 | 火20 | ※5 |
※1:吉右衛門が平蔵の息子・辰蔵として出演。
※2:東宝&NET体制での最終作。後に、ここまでのシリーズも『鬼平サーガ』的な扱いでBSフジでの再放送がされている。
※3:第13話に丹波が出演。幸四郎は1982年、萬屋は1997年に逝去しており、歴代鬼平の共演はこれが史上唯一となった(71年版での吉右衛門はまだ鬼平ではなかったので)。
※4:前3話と後15話の間に『八丁堀捕物ばなし』と『忠臣蔵』を挟む変則体制となった。
※5:連続ドラマとしては2016年時点での最終作。
TVスペシャル版
タイトル | 放送日 | 枠 |
---|---|---|
殿さま栄五郎 | 1990年4月4日 | 水20 |
雲竜剣 | 1990年10月3日 | |
熱海みやげの宝物 | 1991年3月27日 | |
山吹屋お勝 | 2005年2月8日 | 金21 |
兇賊 | 2006年2月17日 | |
一本眉 | 2007年4月6日 | |
引き込み女 | 2008年10月17日 | |
雨引の文五郎 | 2009年7月17日 | |
高萩の捨五郎 | 2010年6月18日 | |
一寸の虫 | 2011年4月15日 | |
盗賊婚礼 | 2011年9月30日 | |
泥鰌の和助始末 | 2013年1月4日 | |
見張りの糸 | 2013年5月31日 | |
密告 | 2015年1月9日 | |
浅草・御厩河岸 | 2015年12月18日 | |
THE FINAL前編 五年目の客 | 2016年12月2日 | |
THE FINAL後編 雲竜剣 | 2016年12月3日 | 土21 |
※全て「吉右衛門主演・松竹制作・フジ放映」体制での作品。
※冒頭3作はレギュラー放送と同枠でのOAであった為、直近の90年版と合わせて扱われる事もある。
劇場版
1995年、松竹系にて公開。主演・中村吉右衛門。
吉右衛門版第1(通算第7)シリーズ第11話「狐火」のリメイクにあたる。こちらにもフジテレビが関わっている…のだが、何と2013年には年始プログラムの目玉として局の垣根を超えたBS日テレへの出張が実現している。
舞台劇
タイトル | 主演 | 上演時期 | 上演会場 | 備考 |
---|---|---|---|---|
鬼平犯科帳 | 松本幸四郎 | 1970年9月 | 帝国劇場 | 初舞台化作品。「本所・桜屋敷」「女掏摸お富」「お雪の乳房」を再構成 |
狐火 | 1971年4月 | 明治座 | 原作者・池波自身が演出担当。中村吉右衛門主演で1990年2月に歌舞伎座で再演、2009年5月に新橋演舞場で再々演 | |
鬼平犯科帳 狐火 | 高橋秀樹 | 1978年11月 | 明治座 | 内容は前作に準ずる。高橋はゲストとしても映像化作品に未出演の為、唯一の『鬼平』参加 |
本所・桜屋敷 | 中村吉右衛門 | 1991年2月 | 新橋演舞場 | 初の吉右衛門による舞台化 |
五年目の客 | 1992年2月 | 表題作と「山吹のお勝」を再構成 | ||
むかしの女 | 1993年2月 | 表題作と「老盗の夢」を再構成。1994年6月に京都南座で再演 | ||
炎の色 | 1994年2月 | 表題作と「隠し子」を再構成 | ||
血闘 | 1995年3月 | 表題作と「鯉肝の里」「むかしの男」を再構成。1995年6月に京都南座で再演 | ||
大川の隠居 | 2007年5月 | 2008年4月に名古屋御園座で再演、2010年6月に博多博多座で再々演 |
音声ドラマ
『水戸黄門』や『必殺シリーズ』でも名調子を聞かせた芥川隆行の他、橋爪功、古今亭志ん朝、安原義人等による朗読版CDが発売されている。
時代劇専門チャンネルにおいては、『朗読 鬼平犯科帳』のタイトルでイラストとともに原作を朗読する番組が存在。1回当たり約10分程のミニ番組で、1話を数回に分けて放送していた。主な語り手は元フジテレビアナウンサーの野間脩平。基本は全役を一人が兼ねるが、「5年目の客」での黒木瞳や「敵」での池上季実子など、ゲストが招かれるエピソードも存在する。
漫画
リイド社・刊『コミック乱』において1993年から連載開始(単行本はリ社と並行して、原作の権利を持つ文藝春秋社からも発売)。話数カウントは「仕置きの○」。
時代劇屈指のビッグタイトルのコミカライズ、という大役を担ったのは『ゴルゴ13』でお馴染みのさいとう・たかを(他にも『剣客商売』や『仕掛人・藤枝梅安』も手掛けており、実は何気に池波とは縁が深い)。
基本的に原作を忠実に描き出しているが、「盗賊婚礼」のように設定や展開が大きく異なる作品もある他、TVドラマ版同様『鬼平』以外の池波作品から借用・転用したオリジナルストーリーも加わっている。
現在75巻まで刊行されており、累計発行部数は3000万部を突破する根強い人気を博している。
そして、まさかの…!
2016年8月31日、池波正太郎公式サイトにおいて衝撃のプレスリリースが公開された。鬼平誕生50周年を記念し、史上初のアニメ化が決定したのである。
以降、詳しくは⇒鬼平